驍竄、に
ひとり泣いてはたねを取る。
あかあかと空に夕日の消ゆるとき、
植物園に消ゆるとき。
[#地から3字上げ]四十三年十月
あかい夕日に
あかい夕日につまされて、
酔うて珈琲店《カツフヱ》を出は出たが、
どうせわたしはなまけもの
明日《あす》の墓場をなんで知ろ。
[#地から3字上げ]四十三年十月
[#改丁]
[#ここから5字下げ、ページの左右中央に]
銀座の雨
[#ここで字下げ終わり]
[#改ページ]
銀座の雨
雨……雨……雨……
雨は銀座に新らしく
しみじみとふる、さくさくと、
かたい林檎の香のごとく、
舗石《しきいし》の上、雪の上。
黒の山高帽《やまたか》、猟虎《ラツコ》の毛皮、
わかい紳士は濡れてゆく。
蝙蝠傘《かうもり》の小さい老婦も濡れてゆく。
……黒の喪服と羽帽子《はねばうし》。
好《す》いた娘の蛇目傘《じやのめがさ》。
しみじみとふる、さくさくと、
雨は林檎の香のごとく。
はだか柳に銀緑《ぎんりよく》の
冬の瓦斯|点《つ》くしほらしさ、
棚の硝子にふかぶかと白い毛物の春支度。
肺病の子が肩掛の
弱いためいき。
波斯《ペルシヤ》の絨氈《じゆたん》、
洋書《ほん》の金字《きんじ》は時雨《しぐれ》の霊《たまし》、
〔Henri《アンリイ》 De《ド》 Re'gnier《レニエ》〕 が曇り玉《たま》、
息ふきかけてひえびえと
雨は接吻《きつす》のしのびあし、
さても緑の、宝石の、時計、磁石のわびごころ、
わかいロテイのものおもひ。
絶えず顫へていそしめる
お菊夫人の縫針《ぬいばり》の、人形ミシンのさざめごと。
雪の青さに片肌ぬぎの
たぼもつやめく髪の型《かた》、つんとすねたり、かもじ屋に
紺は匂ひて新らしく。
白いピエロの涙顔。
熊とおもちやの長靴は
児供ごころにあこがるる
サンタクロスの贈り物。
外《そと》はしとしと淡雪《うすゆき》に
沁みて悲しむ雨の糸。
雨は林檎の香のごとく
しみじみとふる、さくさくと、
扉《ドア》を透かしてふる雨は
Verlaine《ヴエルレエイヌ》 の涙雨、
赤いコツプに線《すぢ》を引く、
ひとり顫へてふりかくる
辛《から》い胡椒に線《すぢ》を引く、
されば声出す針の尖《さき》、蓄音器屋にチカチカと
廻るかなしさ、ふる雨に
酒屋の左和利、三勝もそつと立ちぎく忍び泣き。
それもそうかえ淡雪《うすゆき》の
光るさみしさ、うす青さ、
白いシヨウルを巻きつけて
鳥も鳥屋に涙する。
椅子も椅子屋にしよんぼりと
白く寂しく涙する。
猫もしよんぼり涙する。
人こそ知らね、アカシヤの
性の木の芽も涙する。
雨……雨……雨……
雨は林檎の香のごとく
冬の銀座に、わがむねに、
しみじみとふる、さくさくと。
[#地から3字上げ]四十四年十二月
雪
雪でも降りさうな空あひだね、今夜も
ほら、もう降つて来たやうだ、その薄い色硝子を透かして御覧。
なつかしい円弧燈《アークとう》に真白なあの羽虫のたかるやうに
細《こま》かなセンジユアルな悲しみが、向ふの空にも、
橋にも柳にも、
水面にも、
書割のやうな遠見の、黄色い市街の燈にも、
多分冷たくちらついてゐる筈だ。それとも積つたかしら。
幽かな囁き……幽かなミシンの針の
薄い紫の生絹《きぎぬ》を縫ふて刻むやうな、
色沢《いろつや》のある寂しいリズムの閃めきが、
そなたの耳にはきこえないのか……湯から上つて、
もう一度透かして御覧、乳房が硝子に慄へるまで。
曇つたのぼせさうな湯殿に、
白い湯気のなかに、
蛍が飛ぶ……燐のにほひの蛍が、
ほうつほうつと……あれ銀杏がへしの
つんと張つた鬢のうらから
肩から、タオルからすべつて消える。
ほうつほうつと。
さうではない、さうではない、
すらりとした両《ふた》つのほそい腕から、
手の指の綺麗な爪さきの線まで、
何かしら石鹸《シヤボン》が光つて見えるのだ、さうして
魔気のふかい女の素はだかの感覚から
忘れた夏の記憶が漏電する。
ほうつほうつと蛍が光る。
不思議な晩だ、まだ鋏を取つたまま
何時までも足の爪を剪《き》つてゐるのか、お前は
※[#「さんずい+自」、第3水準1−86−66]芙藍湯《サフランゆ》の[#「※[#「さんずい+自」、第3水準1−86−66]芙藍湯《サフランゆ》の」は底本では「泊芙藍湯《サフランゆ》の」]温かな匂から、
香料のやはらかななげきから、
おしろいから、
夏の日のあめも美しく
女は踊る、なつかしいドガの Dancer
雪がふる……降つてはつもる……
しめやかな悲しみのリズムの
しんみりと夜ふけの心にふりしきる……
ほうつほうつと、蛍が飛ぶ……
あれごらんな、綺麗だこと、
青、黄、緑、……さうしてうすいむらさき、
雪がふる……降つてはつもる……
そつとしておきき、何処かでしめやか
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