閨tの深みどり、
雪を吸ひ込む舌うちの
しんしんと沁《し》むたそがれに、
鴨の気弱《きよわ》がかきみだす
水の表面《うはべ》のささにごり
知るや知らずや、それとなく
小石投げつけ、――
ひつそりと底のふかさをききすます
わかき忠弥か、わがおもひ。

君が秘密の日くれどき、
ひとり心につきつめて
そつとさぐりを投げつくる
深き恐怖《おそれ》か、わが涙――
千万無量の瞬間《たまゆら》に
雪はちらちらふりしきる。[#地から3字上げ]四十五年十一月

  歌うたひ

悲しいけれどもわしや男、
いやでもお酒をさがしませう、
赤いセエリイもないならば
飲んだふりして就寝《やす》みませう。
みすぎ世すぎの歌うたひ。
[#地から3字上げ]四十三年十一月

  槍持

槍は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]《さ》びても名は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]びぬ、
殿《との》につきそふ槍持の槍の穂尖《ほさき》の悲しさよ。

槍は槍持、供揃《ともぞろへ》、
さつと振れ、振れ、白鳥毛。

けふも馬上の寛濶《くわんくわつ》に、
殿は伊達者《だてしや》の美《よ》い男、
三国一の備後様、
しんととろりと見とれる殿御《とのご》。
槍は槍持、銀《ぎん》なんぽ。
供《とも》の奴《やつこ》さへこのやうに、あれわいさの、これわいさの、取りはづす、
やあれ、やれ、危《あぶ》なしやの、槍のさき。

槍は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]びても名は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]びぬ、
殿のお微行《しのび》、近習《きんじゆ》まで
身なりくづした華美《はで》づくし、
槍は九尺の銀なんぽ、
けふも酒、酒、明日《あす》もまた、
通ふしだらの浮気《うはき》づら、
わたる日本橋ちらちらと雪はふるふる、日は暮れる、
やあれ、やれ冷《つめ》たしやの、槍のさき。

槍は槍持、供ぞろへ、
さつと振れ、振れ、白鳥毛。

雪はふれども、ちらほらと
河岸《かし》の問屋の灯《ひ》が見ゆる、
さてもなつかし飛ぶ鴎《かもめ》、
壁のしたには広重《ひろしげ》の紺のぼかしの裾模様、
殿の御容量《ごきりやう》に、ほれぼれと
わたる日本橋、槍のさき、
槍は担《かつ》げど、空《うは》のそら、渋面《しふめん》つくれど供奴《ともやつこ》、
ぴんとはねたる附髭《つけひげ》に、雪はふるふる、日は暮れる。
やあれ、やれ、やるせ
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