さり、
裁判《さばき》はてし控訴院《こうそゐん》に留守居《るすゐ》らの点《とも》す燈《あかり》は
疲《つか》れたる硝子《がらす》より弊私的里《ヒステリイ》の瞳《ひとみ》を放《はな》つ。
いづこにかすずろげる春の暗示《あんし》よ……
陰影《ものかげ》のそこここに、やや強く光|劃《かぎ》りて
息《いき》ふかき弧燈《アアクとう》枯《かれ》くさの園《その》に歎《なげ》けば、
面《おも》黄《き》なる病児《びやうじ》幽《かす》かに照らされて迷《まよ》ひわづらふ。
朧《おぼろ》げのつつましき匂《にほひ》のそらに、
なほ妙《たへ》にしだれつつ噴水《ふきあげ》の吐息《といき》したたり、
新《あたら》しき月光《つきかげ》の沈丁《ぢんてう》に沁《し》みも冷《ひ》ゆれば
官能《くわんのう》の薄《うす》らあかり銀笛《ぎんてき》の夜《よ》とぞなりぬる。[#地から3字上げ]四十二年二月
鶯の歌
なやましき鶯のうたのしらべよ……
ゆく春の水の上、靄の廂合《ひあはひ》、
凋《しを》れたる官能《くわんのう》の、あるは、青みに、
夜《よ》をこめて霊《たましひ》の音《ね》をのみぞ啼《な》く。
鶯はなほも啼く……瓦斯《ガス》の神経《しんけい》
酸《さん》のごと饐《す》えて顫《ふる》ふ薄き硝子《がらす》に、
失《うしな》ひし恋の通夜《つや》、さりや、少女《をとめ》の
青ざめて熟視《みつ》めつつ闌《ふ》くる瞳《ひとみ》に。
憂欝症《ヒステリイ》の霊《たましひ》の病《や》めるしらべよ……
コルタアの香《か》の屋根に、船のあかりに、
朽ちはてしおはぐろの毒の面《おもて》に
愁ひつつ、にほひつつ、そこはかとなく。
※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オロンの三《さん》の絃《いと》摩《なす》るこころか、
ていほろと梭の音《おと》たつるゆめにか、
寝ねもあへぬ鶯のうたのそそりの
かつ遠《とほ》み、かつ近み、静《しづ》こころなし。
夜もすがら夜もすがら歌ふ鶯……
月白き芝居裏、河岸《かし》の病院、
なべて夜の疲《つか》れゆくゆめとあはせて、
ウヰスラアーの靄の中音《うちね》に鳴き鳴きてそこはかとなし。
[#地から3字上げ]四十二年一月
夜の官能
湿潤《しめり》ふかき藍色《あゐいろ》の夜《よ》の暗《くら》さ……
酸《す》のごとき星あかりさだかにはそれとわかねど
濃《こ》く淡《うす》き溝渠《ほりわ
前へ
次へ
全48ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング