て祭の済んだあとから夏の哀れは日に日に深くなる。
この騒ぎが静まれば柳河にはまたゆかしい螢の時季が来る。
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あの眼の光るのは
星か、螢か、鵜の鳥か
螢ならばお手にとろ、
お星様なら拝みませう。
[#ここで字下げ終わり]
穉《をさな》い時私はよくかういふ子守唄をきかされた。さうして恐ろしい夜の闇におびえながら、乳母の背中から手を出して例の首の赤い螢を握りしめた時私はどんなに好奇の心に顫へたであらう。実際螢は地方の名物である。馬鈴薯の花さくころ、街の小舟はまた幾つとなく矢部川の流を溯り初める。さうして甘酸ゆい燐光の息するたびに、あをあをと眼に沁みる螢籠に美しい仮寝の夢を時たまに閃めかしながら、水のまにまに夜をこめて流れ下るのを習慣とするのである。
長い霖雨の間に果実《くだもの》の樹は孕み女のやうに重くしなだれ、ものの卵はねばねばと瀦水《たまりみづ》のむじな藻にからみつき、蛇は木にのぼり、真菰は繁りに繁る。柳河の夏はかうして凡ての心を重く暗く腐らしたあと、池の辺には鬼百合の赤い閃めきを先だてゝ、※[#「火+共」、第3水準1−87−42]《や》くが如き暑熱を注ぎか
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