ノか入るらむ。

しばらくは
事もなし。
かかる日の雨の日ぐらし。

ち、ち、ち、ち、ともののせはしく
刻《きざ》む音《おと》……
さもあれや、
雨はまたゆるにしとしと
暮れもゆくゆめの曲節《めろでい》……

いづこにか鈴《すゞ》の音《ね》しつつ、
近く、
はた、速のく軋《きしり》、
待ちあぐむ郵便馬車《いうびんばしや》の
旗の色《いろ》見えも来なくに、
うち曇る馬の遠嘶《とほなき》。

さあれ、ふと
夕日さしそふ。
瞬間《たまゆら》の夕日さしそふ。

あなあはれ、
あなあはれ、
泣き入りぬ罌粟《けし》のひとつら、
最終《いやはて》に燃《も》えてもちりぬ。

日の光かすかに消ゆる。
ち、ち、ち、ち、ともののせはしく
刻《きざ》む音《おと》……
雨の曲節《めろでい》……

ものなべて、
ものなべて、
さは入らむ、暗き愁に。
あはれ、また、出でゆきし思のやから
帰り来なくに。

ち、ち、ち、ち、ともののせはしく
刻《きざ》む音《おと》……
雨の曲節《めろでい》……

灰色《はひいろ》の局《きよく》は夜《よ》に入る。
[#地付き]四十一年五月


  狂人の音楽

空気《くうき》は甘し……また赤し……黄《き》に……はた、緑《みどり》……

晩夏《おそなつ》の午後五時半の日光《につくわう》は※[#「日/咎」、第3水準1−85−32]《かげり》を見せて、
蒸し暑く噴水《ふきゐ》に濡《ぬ》れて照りかへす。
瘋癲院《ふうてんゐん》の陰鬱《いんうつ》に硝子《がらす》は光り、
草場《くさば》には青き飛沫《しぶき》の茴香酒《アブサント》冷《ひ》えたちわたる。

いま狂人《きやうじん》のひと群《むれ》は空うち仰ふぎ――
饗宴《きやうえん》の楽器《がくき》とりどりかき抱《いだ》き、自棄《やけ》に、しみらに、
傷《きず》つける獣《けもの》のごとき雲の面《おも》
ひたに怖れて色盲《しきまう》の幻覚《まぼろし》を見る。
空気《くうき》は重し……また赤し……共に……はた緑《みどり》……
  *   *   *   *
    *   *   *   *
オボイ鳴る……また、トロムボオン……
狂《くる》ほしき※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]オラの唸《うなり》……

一人《ひとり》の酸《す》ゆき音《ね》は飛びて怜羊《かもしか》となり、
ひとつは赤き顔ゑがき、笑《わら》ひわななく
音《ね》の恐怖《
前へ 次へ
全61ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング