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  明治四十二年一月
[#地から2字上げ]著者識
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  魔睡

余は内部の世界を熟視めて居る。陰鬱な死の節奏は絶えず快く響き渡る……と神経は一斉に不思議の舞踏をはじめる。すすりなく黒き薔薇、歌うたふ硝子のインキ壺、誘惑の色あざやかな猫眼石の腕環、笑ひつづける空眼の老女等はこまかくしなやかな舞踏をいつまでもつづける。余は一心に熟視めて居る……いつか余は朱の房のついた長い剣となつて渠等の内に舞踏つてゐる………[#地から1字上げ]長田秀雄
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  邪宗門秘曲

われは思ふ、末世《まつせ》の邪宗《じやしゆう》、切支丹《きりしたん》でうすの魔法《まはふ》。
黒船《くろふね》の加比丹《かひたん》を、紅毛《こうまう》の不可思議国《ふかしぎこく》を、
色《いろ》赤《あか》きびいどろを、匂《にほひ》鋭《と》きあんじやべいいる、
南蛮《なんばん》の桟留縞《さんとめじま》を、はた、阿刺吉《あらき》、珍※[#「酉+它」、第4水準2−90−34]《ちんた》の酒を。

目見《まみ》青きドミニカびとは陀羅尼《だらに》誦《ず》し夢にも語る、
禁制《きんせい》の宗門神《しゆうもんしん》を、あるはまた、血に染む聖磔《くるす》、
芥子粒《けしつぶ》を林檎のごとく見すといふ欺罔《けれん》の器《うつは》、
波羅葦僧《はらいそ》の空《そら》をも覗《のぞ》く伸《の》び縮《ちゞ》む奇《き》なる眼鏡《めがね》を。

屋《いへ》はまた石もて造り、大理石《なめいし》の白き血潮《ちしほ》は、
ぎやまんの壺《つぼ》に盛られて夜《よ》となれば火|点《とも》るといふ。
かの美《は》しき越歴機《えれき》の夢は天鵝絨《びろうど》の薫《くゆり》にまじり、
珍《めづ》らなる月の世界の鳥獣《とりけもの》映像《うつ》すと聞けり。

あるは聞く、化粧《けはひ》の料《しろ》は毒草《どくさう》の花よりしぼり、
腐《くさ》れたる石の油《あぶら》に画《ゑが》くてふ麻利耶《まりや》の像《ざう》よ、
はた羅甸《らてん》、波爾杜瓦爾《ほるとがる》らの横《よこ》つづり青なる仮名《かな》は
美《うつ》くしき、さいへ悲しき歓楽《くわんらく》の音《ね》にかも満つる。

いざさらばわれらに賜《たま》へ、幻惑《げんわく》の伴天連《ばてれん》尊者《そんじや》、
百年《もゝとせ》を刹那《せつな》に縮《ちゞ》め、血の磔
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