頬《ほ》
大理石《なめいし》のごと腐《くさ》れ、仰向《あふの》くや
鼻《はな》冷《ひ》えてほの笑《わら》ふちひさき歯
しらしらと薄玻璃《うすはり》の音《ね》を立つる。
眼《め》をひらく。絶望《ぜつまう》のくるしみに
手はかたく十字《じふじ》拱《く》み、
みだらなる媚《こび》の色
きとばかり。燭《しよく》の火の青み射《さ》し、
銀色《ぎんいろ》の夜《よ》の絹衣《すずし》ひるがへる。

灰色《はひいろ》の暗《くら》き壁、見るはただ
恐《おそ》ろしき一面《いちめん》の壁《かべ》の色《いろ》。
『彼。』とわが憎悪心《ぞうをしん》

むらむらとうちふるふ。
一斉《いつせい》に冷血《れいけつ》のわななきは
釘《くぎ》つけの身を逆《さか》にゑぐり刺《さ》す。
ぎく[#「ぎく」に傍点]と手は音《おと》刻《きざ》み、節《ふし》ごとに
機械《からくり》のごと動《うご》く。いま怪《あや》し、
おぼえあるくらがりに
落ちちれる埴《はに》と鏝《こて》。
つ[#「つ」に傍点]と取るや、ひとつ当《あ》て、左《ひだり》より
額《ぬか》をまづひしひしと塗《ぬ》りつぶす。

灰色《はひいろ》の暗き壁、見るはただ
恐ろしき一面《いちめん》の壁の色。
朱《しゆ》のごとき怨念《をんねん》は
燃《も》え、われを凍《こほ》らしむ。
刹那《せつな》、かの驕《おご》りたる眼鼻《めはな》ども
胸かけて、生《なま》ぬるき埴《はに》の色
ひと息に鏝《こて》の手に葬《はうむ》られ
生《い》きながら苦《くる》しむか、ひくひくと
うち皺む壁の罅《ひび》、
今、暗き他界《たかい》より
凄きまで面《おも》変《かは》り、人と世を
呪《のろ》ふにか、すすりなき、うめきごゑ。

灰色《はひいろ》の暗《くら》き壁、見るはただ
恐ろしき一面《いちめん》の壁の色。
悪業《あくごふ》の終《をは》りたる
時に、ふとわれの手は
物|握《にぎ》るかたちして見出《みいだ》さる。
ながむれば埴《はに》あらず、鏝《こて》もなし。
ただ暗き壁の面《おも》冷々《ひえびえ》と、
うは湿《しめ》り、一点《いつてん》の血ぞ光る。
前《さき》の世の恋か、なほ
骨髄《こつずゐ》に沁みわたる
この怨恨《うらみ》、この呪咀《のろひ》、まざまざと
人ひとり幻影《まぼろし》に殺したる。

灰色《はひいろ》の暗《くら》き壁、見るはただ
恐ろしき一面《いちめん》の壁の色《いろ》。

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