《さざめき》……
[#地付き]三十九年八月


  砂道

日の真昼《まひる》、ひとり、懶《ものう》く
真白なる砂道《さだう》を歩む。
市《いち》遠く赤き旗見ゆ、
風もなし。荒蕪地《かうぶち》つづき、
廃《すた》れ立つ礎《いしずゑ》燃《も》えて
烈々《れつれつ》と煉瓦《れんぐわ》の火気《くわき》に
爛《ただ》れたる果実《くわじつ》のにほひ
そことなく漂《ただよ》湿《しめ》る。

数百歩、娑婆《しやば》に音なし。

ふと、空に苦熱《くねつ》のうなり、
見あぐれば、名しらぬ大樹《たいじゆ》
千万《ちよろづ》の羽音《はおと》に糜《しら》け、
鈴状《すずなり》に熟《う》るる火の粒
潤《しめ》やかに甘き乳《ち》しぶく。
楽欲《げうよく》の渇《かわき》たちまち
かのわかき接吻《くちつけ》思ひ、
目ぞ暈《くら》む。

[#ここから5字下げ]
真夏の原に
[#ここで字下げ終わり]
真白《ましろ》なる砂道《さだう》とぎれて
また続く恐怖《おそれ》の日なか、
寂《せき》として過《よ》ぎる人なし。
[#地付き]三十九年八月


  凋落

寂光土《じやくくわうど》、はたや、墳塋《おくつき》、
夕暮《ゆふぐれ》の古き牧場《まきば》は
なごやかに光黄ばみて
うつらちる楡《にれ》の落葉《らくえふ》、
そこ、かしこ。――暮秋《ぼしう》の大日《おほひ》
あかあかと海に沈めば、
凋落《てうらく》の市《いち》に鐘鳴り、
絡繹《らくえき》と寺門《じもん》をいづる
老若《らうにやく》の力《ちから》なき顔、
あるはみな青き旗垂れ
灰《はひ》濁《だ》める水路《すゐろ》の靄に
寂寞《じやくまく》と繋《かか》る猪木舟《ちよきぶね》、
店々の装飾《かざり》まばらに、
甃石《いしだたみ》ちらほら軋る
空《から》ぐるま、寒き石橋。――
鈍《にぶ》き眼《め》に頭《かしら》もたげて
黄牛《あめうし》よ、汝《な》はなにおもふ。
[#地付き]三十九年八月


  晩秋

神無月、下浣《すゑ》の七日《しちにち》、
病《や》ましげに落日《いりひ》黄ばみて
晩秋《ばんしう》の乾風《からかぜ》光り、
百舌《もず》啼かず、木の葉沈まず、
空高き柿の上枝《ほづえ》を
実はひとつ赤く落ちたり。
刹那《せつな》、野を北へ人霊《ひとだま》、
鉦《かね》うちぬ、遠く死の歌。
君死にき、かかる夕《ゆふべ》に。
[#地付き]三十九年五月


  あか
前へ 次へ
全61ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
北原 白秋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング