のである。
 鳴かぬ小鳥のさびしさ……それは私の歌を作るときの唯一無二の気分である。私には鳴いてる小鳥のしらべよりもその小鳥をそそのかして鳴かしめるまでにいたる周囲のなんとなき空気の捉へがたい色やにほひがなつかしいのだ、さらにまだ鳴きいでぬ小鳥鳴きやんだ小鳥の幽かな月光と草木の陰影のなかに、ほのかな遠くの※[#「木+解」、第3水準1−86−22]《(かし)》の花の甘い臭に刺戟されてじつと自分の悲哀を[#「悲哀を」は底本では「非哀を」]凝視めながら、細くて赤い嘴を顫してゐる気分が何に代へても哀ふかく感じられる。私は如何なるものにも風情ある空気の微動が欲しい。そのなかに桐の花の色もちらつかせ、カステラの手さはりも匂はせたいのである。

     *

 私の歌にも欲するところは気分である。陰影である、なつかしい情調の吐息である。……

(小さい藍色の毛虫が黄色な花粉にまみれて冷めたい亜鉛《(トタン)》のベンチに匐つてゐる…………)
 私は歌を愛してゐる。さうしてその淡緑色の小さい毛虫のやうにしみじみとその私の気分にまみれて、拙《(つたな)》いながら真に感じた自分の歌を作つてゆく…………

 五月が過ぎ、六月が来て私らの皮膚に柔軟《やはら》かなネルのにほひがやや熱く感じられるころとなれば、西洋料理店《レストラント》の白いテエブルクロスの上にも紫の釣鐘草と苦い珈琲《(コーヒー)》の時季が来る。
 わたしはこのいつもの詩のやうになつた Essey を植物園の長い薄あかりのなかでいまやつと書き了へたところだ。



底本:「日本の名随筆 別巻30 短歌」作品社
   1993(平成5)年8月25日第1刷発行
底本の親本:「日本近代文学大系 第二八巻――北原白秋集」角川書店
   1970(昭和45)年4月発行
入力:浦山敦子
校正:noriko saito
2010年3月2日作成
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