い日本の子供にはっきりわかるし、このほうがずっと簡潔でいいからである。こんな場合の地名は除けた。しかし、この例もほかにはめったにない。たいがい生かすべき固有名詞は生かした。
 それからまた、日本語になおす場合に、語法の相違から、動詞の過去を現在格にしたり、そのまま直訳するよりも、かえってピタと本質的にその意に合う日本語がある場合は、その無意味な直訳は避けた。その真精神にそむくばかりでなく、日本語としても生きないからである。
 それから、正直に「うまく返事をしてのけた」と訳したでは、かえってその本当の面目が出ない場合は「うまく返事をしてのきょか」というふうにしたのもある。
 それからまた、「二十四人の仕立屋がででむしころしにいきました」を「二十四人の仕立屋がででむしころしにえっさっさ」とやったのもある。意は同じでも、えっさっさのほうが一列に、活動人形そのままになって、足がさくさくとおなじに動くからである。
 それからみだりがましくてちょっと困るのは多少気品をよくするために手加減したのがある。
 で、こういうのは例外であるけれども、それだからといって充分意識してやっているのであるから、詩法
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