時に詠《よ》んだものかも分かっていない。ただ雲を詠んだものとして、豊かな大きい調子があるので吟誦にも適し、また奈良の家郷を偲《しの》ぶのにふさわしいものとして選ばれたものであろう。この新羅使は天平八年であるが、その時にもうこの歌の如きは古調に響いたのであったのかも知れない。此処に、人麿作五つばかり幾らか変化しつつ載って居り、左注でその事を注意しているところを見ると、この歌も、上の句の、「あをによし奈良の都に」の句は変化したもので、原作は、「奈良の都に」などでなく、山のうえとか海上とか、或は序詞などで続けたものか、そういうものだったかも知れない。いずれにしても、「天の白雲見れど飽かぬかも」の句は形式的な感じもあるが、なかなかよいものである。
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わたつみの海《うみ》に出《い》でたる飾磨河《しかまがは》絶《た》えむ日にこそ吾《あ》が恋《こひ》止《や》まめ 〔巻十五・三六〇五〕 作者不詳
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この歌も新羅使の一行が、船上で「古歌」として吟誦したもので、恋の歌と注してある。「飾磨《しかま》河」は播磨《はりま》で、今姫路市
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