和を破っていないがためである。この贈答歌はどういう形式でなされたものか不明であるが、恋愛贈答歌には縦《たと》い切実なものでも、底に甘美なものを蔵している。ゆとりの遊びを蔵しているのは止むことを得ない。なお、巻十二(二九〇九)に、「おほろかに吾し思はば人妻にありちふ妹に恋ひつつあらめや」という歌があって類似の歌として味うことが出来る。
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河上《かはかみ》の五百箇《ゆつ》磐群《いはむら》に草《くさ》むさず常《つね》にもがもな常処女《とこをとめ》にて 〔巻一・二二〕 吹黄刀自
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十市皇女《とおちのひめみこ》(御父大海人皇子、御母額田王)が伊勢神宮に参拝せられたとき、皇女に従った吹黄刀自《ふきのとじ》が波多横山《はたよこやま》の巌《いわお》を見て詠んだ歌である。波多《はた》の地は詳《つまびらか》でないが、伊勢|壱志《いちし》郡八太村の辺だろうと云われている。
一首の意は、この河の辺《ほとり》の多くの巌には少しも草の生えることがなく、綺麗《きれい》で滑《なめら》かである。そのようにわが皇女の君も永久に美しく容色のお変
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