あぢ》の住む須佐《すさ》の入江の隠《こも》り沼《ぬ》のあな息衝《いきづ》かし見ず久《ひさ》にして」(巻十四・三五四七)の用例がある。訣別《けつべつ》の歌だから、稍《やや》形式になり易いところだが、海上の小島を以て来てその気持を形式化から救っている。第四句が中心である。

           ○

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神名火《かむなび》の磐瀬《いはせ》の杜《もり》のほととぎすならしの岳《をか》に何時《いつ》か来鳴《きな》かむ 〔巻八・一四六六〕 志貴皇子
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 志貴皇子の御歌。磐瀬《いわせ》の杜《もり》は既にいった如く、竜田町の南方車瀬にある。ならしの丘《おか》は諸説あって一定しないが、磐瀬の杜の東南にわたる岡だろうという説があるから、一先《ひとま》ずそれに従って置く。この歌は、「ならしの丘に何時か来鳴かむ」と云って、霍公鳥《ほととぎす》の来ることを希望しているのだが、既に出た皇子の御歌の如く、おおどかの中に厳《おごそ》かなところがあり、感傷に淫《いん》せずになお感傷を暗指《あんじ》している点は独特の御風格というべきである。他の皇子の御歌と較《くら》べるから左
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