くに」と云ったと解することも出来る。調子に流動的に大きいところがあって、藤原朝の人麿の歌などに感ずると同じような感じを覚える。ウナバラノ・タユタフ・ナミニあたりに、明かにその特色が見えている。普通|従駕《じゅうが》の人でなおこの調《しらべ》をなす人がいたというのは、まことに尊敬すべきことである。
「見まく欲《ほ》り吾がする君もあらなくに奈何《なにし》か来けむ馬疲るるに」(巻二・一六四)、「磯の上に生ふる馬酔木《あしび》を手折《たを》らめど見すべき君がありといはなくに」(同・一六六)、「かくしてやなほや老いなむみ雪ふる大あらき野の小竹《しぬ》にあらなくに」(巻七・一三四九)等、例が多い。皆、この「あらなくに」のところに感慨がこもっている

           ○

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御室《みもろ》斎《つ》く三輪山《みわやま》見《み》れば隠口《こもりく》の初瀬《はつせ》の檜原《ひはら》おもほゆるかも 〔巻七・一〇九五〕 作者不詳
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 山を詠んだ、作者不詳の歌である。「御室《みもろ》斎《つ》く」は、御室《みむろ》に斎《いつ》くの意で、神を祀《まつ》ってあること
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