業《なり》を為《し》まさね」で、「ね」と「に」が相通い、当時から共に願望の意に使われるから、この句は、「業務に従事しなさい」という意となる。
この歌も、その声調が流動性でなく、寧《むし》ろ佶屈《きっくつ》とも謂《い》うべきものである。然るに内容が実生活の事に関しているのだから、声調おのずからそれに同化して憶良独特のものを成就《じょうじゅ》したのである。事が娑婆《しゃば》世界の実事であり、いま説いていることが儒教の道徳観に本《もと》づくとせば、縹緲《ひょうびょう》幽遠な歌調でない方が却って調和するのである。由来儒教の観相は実生活の常識であるから、それに本づいて出来る歌も亦結局其処に帰着するのである。憶良は、伝誦されて来た古歌謡、祝詞《のりと》あたりまで溯《さかのぼ》って勉強し、「谷ぐくのさわたるきはみ」等というけれども、作る憶良の歌というものは何処か漢文的口調のところがある。併し、万葉集全体から見れば、憶良は憶良らしい特殊の歌風を成就したということになるから、その憶良的な歌の出来のよい一例としてこれを選んで置いた。
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銀《しろがね》も
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