万葉に、「君がゆく海べの屋戸に霧たたば吾《あ》が立ち嘆く息《いき》と知りませ」(巻十五・三五八〇)、「わが故に妹歎くらし風早《かざはや》の浦の奥《おき》べに霧棚引けり」(同・三六一五)、「沖つ風いたく吹きせば我妹子が嘆きの霧に飽かましものを」(同・三六一六)等とあるのと同じ技法である。ただ万葉の此等の歌は憶良のこの歌よりも後であろうか。
 此一首も、「霧たちわたる」を繰返したりして強く云っていて、線も太く、能働的であるが、それでもやはり人麿の歌の声調ほどの顫動が無い。例えば前出の、「ともしびの明石大門に入らむ日や榜ぎわかれなむ家のあたり見ず」(巻三・二五四)あたりと比較すればその差別もよく分かるのであるが、憶良は真面目になって骨折っているので、一首は質実にして軽薄でないのである。なお、天平七年、大伴坂上郎女が尼|理願《りがん》を悲しんだ歌に、「嘆きつつ吾が泣く涙、有間山雲居棚引き、雨に零《ふ》りきや」(巻三・四六〇)という句があり、同じような手法である。

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ひさかたの天道《あまぢ》は遠《とほ》しなほなほに家《いへ》に帰《かへ》りて業《
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