わり]
笠女郎が家持に贈ったものである。当時の大寺には種々の餓鬼が画図として画かれ、或は木像などとして据えてあったものであろうか。あなたのように幾ら思っても甲斐ない方は、伽藍《がらん》の中に居る餓鬼像を後ろから拝むようなものではありませんか、というので、才気のまさった諧謔《かいぎゃく》の歌である。仏教の盛な時代であるから、才気の豊かな女等はこのくらいの事は常に云ったかも知れぬが、後代の吾等にはやはり諧謔的に心の働いた面白いものである。そしてこの歌でよいのは女の語気を直接に聞き得るごとくに感じ得る点にある。
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沖《おき》へ行《ゆ》き辺《へ》に行《ゆ》き今《いま》や妹《いも》がためわが漁《すなど》れる藻臥束鮒《もふしつかふな》 〔巻四・六二五〕 高安王
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高安王《たかやすのおおきみ》が鮒の土産《みやげ》を娘子《おとめ》に呉れたときの歌である。高安王は天平十四年正四位下で卒した人で、十一年|大原真人《おおはらのまひと》の姓を賜わっている。一首の意味は、この鮒は、深いところから岸の浅いところ方々《ほうぼう》歩いて、
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