泳いでいる夏実の淀淵の説明だが、結果から云えば一首に響く大切な句で、作者の感慨が此処にこもり、意味は場処の説明でも、一首全体の声調からいえばもはや単なる説明ではなくなっている。こういう結句の効果については、前出の人麿の歌(巻三・二五四)の処でも説明した。此歌は従来叙景歌の極致として取扱われたが、いかにもそういうところがある。ただ佳作と評価する結論のうちに、抒情詩としての声調という点を抜きにしてはならぬのである。また此歌の有名になったのは、一面に万葉調の歌の中では分かり好いためだということもある。一首の中に、「なる」の音が二つもあり、加行の音の多いのなども分析すれば分析し得るところである。

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軽《かる》の池《いけ》の浦《うら》回行《みゆ》きめぐる鴨《かも》すらに玉藻《たまも》のうへに独《ひと》り宿《ね》なくに 〔巻三・三九〇〕 紀皇女
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 紀皇女《きのひめみこ》の御歌で、皇女は天武天皇皇女で、穂積皇子《ほづみのみこ》の御妹にあられる。一首の意は、軽の池の岸のところを泳ぎ廻っているあの鴨でも、玉藻の上にただ一つで寝
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