道ゆ別れかねつる」(同・二七六)というのもある。三河の二見は御油《ごゆ》から吉田《よしだ》に出る二里半余の道だといわれている。「妹《いも》」は、かりそめに親しんだそのあたりの女であろう。上句は、お前も俺《おれ》も一体だからだろうと気転を利かしたいい方である。黒人のには上半にこういう主観句のものが多い。それが成功したのもあればまずいのもある。

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何処《いづく》にか吾《われ》は宿《やど》らむ高島《たかしま》の勝野《かちぬ》の原《はら》にこの日《ひ》暮《く》れなば 〔巻三・二七五〕 高市黒人
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 黒人作。※[#「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2−88−38]旅歌つづき。「高島の勝野」は、近江《おうみ》高島郡三尾のうち、今の大溝町である。黒人の※[#「覊」の「馬」に代えて「奇」、第4水準2−88−38]旅の歌はこれを見ても場処の移動につれ、その時々に詠んだことが分かる。これは勝野の原の日暮にあって詠んだので、それが現実的内容で、「何処にか吾は宿らむ」はそれに伴う自然的詠歎である。かく詠歎を初句第二句に置くのは、黒
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