ある。なぜこの歌の上の句が切実かというに、「かはづ鳴く甘南備《かむなび》河にかげ見えて今か咲くらむ山吹の花」(巻八・一四三五)等の如く、当時の人々が愛玩した花だからであった。

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北山《きたやま》につらなる雲《くも》の青雲《あをぐも》の星離《ほしさか》りゆき月《つき》も離《さか》りて 〔巻二・一六一〕 持統天皇
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 天武天皇崩御の時、皇后(後の持統天皇)の詠まれた御歌である。原文には一書曰、太上天皇御製歌、とあるのは、文武天皇の御世から見て持統天皇を太上天皇と申奉った。即ち持統天皇御製として言伝えられたものである。
 一首は、北山に連《つらな》ってたなびき居る雲の、青雲の中の(蒼き空の)星も移り、月も移って行く。天皇おかくれになって万《よろ》ず過ぎゆく御心持であろうが、ただ思想の綾《あや》でなく、もっと具体的なものと解していい。
 大体右の如く解したが、此歌は実は難解で種々の説がある。「北山に」は原文「向南山」である。南の方から北方にある山科の御陵の山を望んで「向南山」と云ったものであろう。「つらなる雲の」は原文
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