僕にとつて、嘗ても現在も一番利いた文章であつた。守部の作歌と君の作歌とを同列に置くことは僕は死すとも能はない。ただ『あれほど記紀萬葉に造詣深い』といふことは君自身に冠らせることは虚僞ではあるまい。そして『一生中一番價値の少い』をば君の作歌に冠らせることが若し虚僞でなかつたら、僕は殘念なのである。
僕は長崎に來て、はじめて『水』の尊さを知つた。雨の降るのをしんから嬉しんだ。これは清淨な水に飽いて春雨の哀れを讚ずる俳諧趣味とはちがふのである。いまは借家の事で苦勞してゐる。それから女中が土地に馴れないので、食べものの事に苦勞してゐる。性欲の方はひと時苦しんだが、今は落著いてしまつてゐる。そして時に狩野享吉先生が面かげに立つたり、森博士作「※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]」が心に浮んだりしていい氣持になることもある。
長崎はいい處だけれども折々東京に歸つてしまひたくなる事がある。土屋君が諏訪に、君は小田原に行つて、岡さんが忙しいだらうし、赤彦君と千樫君だけでは手が足りない。けふ畫伯からの書簡を讀んで忝いと思つた。門間君はどうだらうか。中村君も早く癒ればいい。以上餘りぶしつけで工合
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