かすがい》もかけていない。すぐにばらばらに崩壊する危さによって、その危さだけが逆に前後の文章を支持しているかに見える。
ひとくちに冒険といえば冒険であろう。綱わたりであろう。わたくしはもとよりそういうことを気にしつつ書きつづけたのである。
断片に断片が積み重なる。暗い一個の星の誕生を受けいれて、幼年時、少年時、青年時の追懐を、世相の推移と、それが現在の生活につながって起伏を見せているすがたとが、ただ漫然と描き出されている。漫然というよりもむしろ雑然としてきまぐれに点滅するおぼつかない燈火である。そこには人間像を構成するプロフィイルすら現われてはいない。すべては小さな行為のグリンプスである。しかしここで仮りに救って考えれば、一閃《いっせん》の光線によって照しだされたところに脈絡がある。統合がある。わたくしはいつになってもこの断片的なものを溺愛する。
[#ここから3字下げ]
恐ろしいちからで虚空を押移る鱗雲《うろこぐも》、
西から東へ沈黙の颶風《ぐふう》が歩む、
進み、躍《をど》り、飛ぶ、さあれただ押移る。
そこには無礙《むげ》の混雑と不定の整調、
鵠《こふ》の鳥の光明の胸毛《むなげ》――その断片。
見えざるちからはいつも断片を溺愛し、
恋ひ焦《こが》れ、引裂き、うち※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》り、統合す――
残酷な荘厳、そしてまた陶酔の妙音。
真我の極《はて》へ、中心へ、虚空を押移りつつ、
無数の雲の鱗がひたすらに燃えてゆく。
[#ここで字下げ終わり]
こんな詩句を昔書いたことがある。今においてもその思想に変りはない。わたくしはわたくしの魂を粉にくだくのである。
つまるところ、焦土の灰から更生し出現したわが身であり作品であってみれば、そしてそれを一個の焼けただれた壺として見れば、その壺のおもてに、わたくしはあの深重な肉霊の輪廻をまざまざと知覚するのである。死灰から更生した壺の胴まわりには怪獣と夢想の花のアラベスクが浮きだされている。円環はつながってはてしもない。凝視すればするほどその壺は廻転の速度をすすめる。
[#ここから3字下げ]
われも又さながらにその壺に入る、
壺に入り、壺に収まり、壺となり、壺と目醒む。
火に媚びる蜥蜴《とかげ》と殻《から》を脱ぐ人魚の歌と、
日々夜々に爆発する天体の烽火《のろし》と、
それ等はすべて壺
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