真言《しんごん》の種を播かれたにちがいない。鶴見はそう思って上人の歌道に関する垂示を憶《おも》い出《だ》すのである。
 ――すべての所有相は虚妄と見るより外《ほか》はない。しかしながら読み出すところの歌は真言である。虚空の如き心の上でさまざまの風情を彩《いろど》るといえども、そこには更に蹤跡《しょうせき》というものがない。この歌こそは如来の真の形体。一首に仏像を刻む思いをなし、一首に秘密真言をこめなしている。自分は歌によって法を得ることがある。
 これが栂尾上人の垂示の大略である。鶴見は一心になってその言葉を噛みしめつつ味っている。

 歳が改まった。寒い寒い毎日がつづく。ことしはわけても寒威が厳しいのではなかろうか。大地も木の葉もはげしい霜に凍《い》てはてている。
 一月のもすえの或る日のこと。老刀自《ろうとじ》が一本の書状をさし出して、これを読んでみるようにとのことである。国許《くにもと》の妹からの来書である。
 書面にはこう書いてある。――少しばかりだが餅を送る。その小包をこしらえているとき子供が不審がって、それからこんな問答を重ねたと書いてある。

「ナイネ。」
「モチタイ。」
「ナイスット。」
「カマクラノオバサントコヘオクル。」
「インニャ、タッタソイシコネ。」
「オバサントコハ三人ジャモン。」
「ウウ、ソイギイヨカネ。」

「これこそは真言である」といって鶴見は涙を流さんばかりにうれしがる。そして呪言《じゅごん》のようにこの問答を繰り返し口に誦《ず》している。こんな問答のうちにも、栂尾上人の夢の種がこぼれてひこばえているのかと、そう思ってみて、鶴見はいつまでもうっとりとしていた。

 その時から更に二旬は過ぎた。送って来た餅も尽きてしまった。危機のおびやかしが寒気とともに痩身《そうしん》に迫ってくる。
 庭の面《おも》には残雪が、日中というのに解けもせずにすさまじく光っているのがながめられる。
 鶴見は庵室に籠ったぎりで、心を想像世界に遊ばして、わずかに慰めている。永遠の夢がかれを支えているといって好い。徒《いたずら》に現実の餌食《えじき》となるのは堪えがたい。鶴見はこの上とも生きて生きてゆかねばならぬと覚悟しているのである。

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(註記。前に出した問答はわかりにくい。それは純粋の地方語で語られている。それを標準語に訳してみる。

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