いるのである。
 鶴見が壺中《こちゅう》の天地《てんち》なぞというのはこんなものかと思っているうちに、夢が青い空気のなかから搾《しぼ》りだされる。虚無の油である。それがまた蟄伏《ちっぷく》していたくちなわのうごめきを思わせる。気に感ずるような衝動を鶴見も感ぜずにはいられなかった。かれもまたわが身のうちに夢に応ずる夢のけはいを感じたからである。
 鶴見は現われてくる夢を見つめた。最初に目に映ってきたのは白馬である。よく神馬《じんめ》として神社に納めてある、あの馬である。木像のようでもあったが、人を乗せて、静かに足掻《あが》いている。馬のあとには若者がついてゆく。従者なのであろう。
 一|反《たん》ばかりの畑地はよく均《な》らされてある。麦でも直ぐ播《ま》いてよさそうに準備されている。何の種を播くのかとなおよく見ていると、百姓の馬としては、あまりに神威を備えた白馬はふさわしくない。その上に馬が乗せている人物は僧形《そうぎょう》である。鶴見はここでちょっと意外な思いをする。
 馬上の僧形の人物は極めて沈著な声で、うしろを振り向いて、「これ、喜海《きかい》、仕度は好いかな。さあ、一仕事はじめよう。わしもな、きょうは気分がいつになくすぐれているのじゃ。こういう時に仕事をすれば、きっとうまくゆこう。」
 馬上の上人はこういって微笑する。喜海と呼ばれた若者は種壺を抱えて、馬のしりえに引き添って、「さあ、よろしゅうございます」と、いかにも慎しみふかく申し上げて、馬の歩みだすのを待っている。
 上人は馬の手綱を無造作に操る。馬は器械か何かのように動きだす。それでも柔らかい畑地に馬の蹄《ひづめ》はそれ相応の穴を掘ってゆく。その穴に、喜海と呼ばれた弟子は一つ一つ種ものを投げこんでいる。傍《はた》からでは、それがどういう種であるかは想像されない。麦や豆類とはちがって、もう少し大振りな種である。
 馬蹄の跡の窪だまりに放りこまれた種は、喜海の手で丁寧に土がかぶせられる。見る見るうちに、こうやって一|反歩《たんぶ》の種播は終りを告げる。
 蒼みがかった夢の雰囲気がますます濃《こま》やかになる。今やあたりは真青に染められて、そこからほのかの匂いがたっている。夢というものにも鋭敏な感受性があるにちがいない。そしてみずから発《はな》つ芳香におのが官能を酔わしめて、ひそやかに楽しんでいる。それが、ほの
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