知れない。
写真はそれだけのものである。黙っている。それがつくづくと見ていると、沈黙を強《し》いられているようにしかおもわれない。黙ってはいるが、今にも唇がほころびそうでもある。またこうも思われる。堅く押し黙っていることが物を一層よく語っているではなかろうかと。写真はそんなふうに黙りきって、永久にこちらを向いている。
鶴見はこの写真を、おりおり、こっそり引き出して、ながめ入ることがある。紙入に嵌《は》めてある鏡を拭って、拭い切れぬ水銀のさびを悲しみながら、その鏡に自分の顔をうつして、かの写真とこの面影とを見較べて、身じろぎもせずに何か考え込むことが、これまでも、しばしばあった。かれとこれとにどこか似ているところがありはせぬかと、そういうように思われるからである。
「お前も随分年を取ったね。」どこからか、こういう声が聞えてくる。「お忘れかも知れないが、わたしがお前の生みの親だよ。母親だよ。お常だよ。」
鶴見の実母はお常といった。
彼はその名を胸の奥の心《しん》の臓《ぞう》にきざみつけて、一生を守りどおして来たのである。忘れるどころではない。
しかし母親の里方については、鶴見には一切知らされていない。この母親には鶴見が六歳の年に別れた。どうして離籍されたか、それも知らされていない。町内にあった平河小学に入校した年である。その後母親は学校の昼休みの時間を見はからって、逢いに来たことが一度ある。近所の店に連れて行かれて、好きなものを食べさせてもらった。その時の母親は藤ねずみのお高祖頭巾《こそずきん》に顔をつつんで、人目を避けていた。冬の頃かと思う。その姿を、鶴見はまざまざと、いつであろうとも、眼《ま》のあたりに思い浮べることが出来る。
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幼年期
鶴見の心眼の前を、例によって、幼年時の追憶の断片がちらちらと通り過ぎる。それが譬《たと》えていえば、小川に洗われて底に沈んでいる陶器の破片が染付《そめつけ》や錦手《にしきで》に彩《いろど》られた草木|花卉《かき》の模様、アラベスクの鎖の一環を反映屈折させて、水の流れと共にその影を揺《ゆ》らめかしているかのように見える。
その一つ。青緑の海が逆立ちになっている。いきなり海がそう見えたというのは、その時の偽ることのできぬ心像であったのだろう。海が平面から立ちあがって急傾斜をなしているそのままの
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