透して暗示となるとき、そこに感覺の交徹による象徴主義が生れるのである。然しながらわたくしの言はうとしてゐる所は、象徴主義に就てその解説を試ることではなかつたはずである。端的にわたくしの本意を明すならば、わたくしの詩は「春鳥集」より「有明集」に至るまで、上に擧げた諸種の思想の影響を蒙つてゐたといふことを述べて置きたかつたまでゝある。わたくしの作詩の動機に就いては「有明詩集」自註に大略書いておいたのを見てもらひたい。概して※[#「りっしんべん+予」、281−上−3]情的動機は幾許も無く、そこには却て「非人情」が附き纒つてゐる。純情をきおふこの頃の若い方々にはかゝることも飽き足らぬ一つであらう。
 わたくしの詩のごときは説明せよと要求せられても説明の仕樣のないものである。あらゆる思想の混亂であるとも云はれよう。然しその混亂にしても中心を得ればおのづから形をなすのである。その形をわたくしはいつも渦卷に喩へてゐる。卍字であり巴字である。生動の態がそこに備つてゐる。わたくしはさう信じて、これを純情風の直線式のものと對蹠的に觀てゐるのである。わたくしはこゝで純情的の詩風を貶すつもりは毛頭ない。ただどちらからも妥協の道はあるまいといふことを云つておけばよいのである。この渦卷式の流儀は今は全く詩壇に跡を絶つてゐる。尤ともわたくし以外に誰がこんな面倒な詩を書いたであらうか[#「書いたであらうか」は底本では「書いでたあらうか」]。それさへも確かなことは判らない。かやうなわけで、「有明集」は思想的にも表現的にも渦卷の中心をなすものであるが、その思想情念の傾向はいつでも東邦的であつた。わたくしの中に若しエキゾオチシズムが潜んでゐるとすれば、それは單に西歐への憧憬ではなくて、西歐でいみじくも採擇された新藝術主義を通じて、わたくしの生れ故郷なる東邦の文化に對する反省より以外のものではなかつたのである。
「有明集」は明治四十一年歳首に刊行したものである。わたくしはこゝで集の卷頭に添へた著者の小照について斷つておきたいことがある。著者は生れつき痩身で、未だ曾て[#「未だ曾て」は底本では「木だ曾て」]肉づいたといふことを知らない。然るにその寫眞に撮られたところを見れば、似ても似つかぬ肥滿さである。わたくしは必ずしも痩躯を庇ふものではないが、あれを見てゐると忽ち胸が惡くなる。實を言ふと、あれはその前年の師走の初めに發行所の易風社から寫眞師をよこされたので、寒い日の庭の隅で撮らしたものである。ひどい病氣の前提としてあれ程まで水氣が來てゐたものを、不注意にも醫療を嫌つて、そのまゝにしておいたのであるが、その應報として月の中頃から床に就て了つた。「有明集」の初校を檢べ了つたかどうかといふ時分であつた。わたくしが身體を惡くしたのは、その年の夏、木曾御嶽に登山を試みて少からず無理をしたことも一の誘因であつたらう。秋から絶えず寒冒をひいてゐて、擧句の果は扁桃腺を腫らしたりなどした。それまではまだ好かつたのであるが引つづいての本患ひである。急にひどい眩暈を起して仆れてしまつたのである。病氣は腎臟炎で、三月ばかり寢てゐて、漸く離床したが、その後もずつと健康を害してゐた。わたくしが藝術よりも宗教的の氣分に傾いて行つたのは、さういふ理由からでもあつた。兎に角「有明集」出版後は、わたくしの詩風に對する非難が甚しく起りつゝあつた。要するに新時代がまた別働隊を組んでこゝもとに迫つて來たのである。わたくし如きものが苦しんで一の詩風を建てゝから未だ幾年も過ぎてはゐない。さう思つて、その當時の詩壇の狹量さに驚くよりも、全くいはれなき屈辱を蒙らされたものと推測したのである。口語體自由詩に對しても強ちにこれを排撃してはゐなかつた。わたくしにしても素より因習に反撥して起つたものである。然るにわたくしは圖らずも邪魔扱ひにされたのである。謂はば秀才達の面白半分の血祭に擧げられたといつてよい。意外な目に遇つて、後に事がよく判つて見ても、わたくしは詩に對して再び笑顏は作れなくなつた。殊に詩人が嫌になつたのである。
 わたくしはいづれの盟社にも屬せず、終始孤立して來たといつてよいであらう。一時は藝術上新主義の母胎とまで噂さされた龍土會の一員として、幾分の陶冶を經て來たにはちがひないが、その龍土會自體の樣子は今眼前に離合しつゝある詩人の團體とは餘程の懸隔があつた。その龍土會すら影を薄くした。時勢の變は止む事を得ぬものである。
[#地から2字上げ](昭和四年十月)



底本:「日本現代文學全集 22 土井晩翠・薄田泣菫・蒲原有明・伊良子清白・横瀬夜雨 集」講談社
   1968(昭和43)年5月19日初版発行
   1969(昭和44)年10月1日第2刷
初出:「日本現代詩研究 『現代詩講座』四」金星堂
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