その譯しすぎたところに、二葉亭氏の天稟を窺ひ、性格を識ることが出來る。
明治二十年代の初頭に於て、「あひびき」の如き飜譯のあつたことは、まことに不思議に思はれると共に、この事はまた明治文壇の誇でもある。その「あひびき」を譯出した二葉亭氏の動機は如何。これは素より斷るまでもなくツルゲーネフの「獵夫記」のうちの一篇であるが、二葉亭氏がこの一篇を殊更に選んであれほどまでに骨を折つたといふわけは、最早今日となつて判らう筈もない。かゝる愚かな問に對する答の代りに、新しい型の性格者、二葉亭氏の微笑がその譯筆の首尾を通じて一種の寂しさをそゝるのである。
二葉亭氏はこの「あひびき」をいきなり幼稚な文壇に擲げ出して置いて、その影響には全く關はるところがなかつた。二葉亭氏の文壇に於ける行動の間歇的であつた如く、その感化影響も潛流的であつたが、新舊文學の交替遷移の傍にあつて、何物にも累はされることのなかつたのは洵に異色と云はねばならない。[#地から2字上げ](明治四十二年)
底本:「明治文學全集 99 明治文學囘顧録集(二)」筑摩書房
1980(昭和55)年8月20日初版第1刷発行
底本の親本:「飛雲抄」書物展望社
1938(昭和13)年12月10日
初出:「二葉亭四迷」易風社
1909(明治42)年8月1日
入力:広橋はやみ
校正:川山隆
2007年8月14日作成
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