少なくない上、こんな處で女の知合はないので、私は意に介せずして居た處、汽車が動いてから、私の車室に這入つて來て私を尋ねる英國婦人があるのに驚いた。是はセイス先生の逗つてゐられる親友クラウヂウス・パシヤ夫人で、此の驛で降りた方が其の家に近いから、先生と二人で態々迎へに來られたのであるが、私を探してゐる中に發車したので、自分丈け汽車に飛び乘つたのであるとのこと。私は此の異域でゆくりなく此の厚意に接して感激する外はなかつた。
 ア市の郊外ヂーニヤに於けるパシヤの閑居に、私は此の夕べ、牛津で別れた以來の老先生と手を握り、靜かなる食卓に夫人と三人語り合つて、夜の更くるを知らなかつた喜は何に譬へようか。次の日は先生に案内せられて、博物館を見て後二三の名所を訪ねたが、「ポムペイの圓柱」なる羅馬の遺跡に行つた時、ウロ/\としてゐる一人の若い西洋婦人が居つたが、遂に私共に彼女の「カメラ」で此の柱を背景に寫眞を撮つて呉れと頼むのであつた。安い御用と承諾して、其の代りに私共をも撮つて貰つた。世界七不思議の一であつた名高いフワロスの燈臺は、僅に港口に其の位置を留めてゐるばかり、圖書館の址は何處に尋ぬ可き由もない。たゞ稍々面白いのは、羅馬時代の「カタコムベ」であるが、元來低平なるデルタの端にある此の市は、たとへ埃及中で最も健康地であるにせよ、私共旅人には何等の感興を湧かしめない。たゞ嬉しかつたことは、私が此の地で寫眞の「フイルム」一本を買つた處、店の女が親切にも「カメラ」に入れ換へて呉れたことであつたが、此の夜私はチヾニヤの驛頭、セイス先生の柔い手を握り、期し難い再會を契つて別離の涙を呑む外はなかつた。動き出す汽車の窓から、影の如く先生の後姿が次第に夕闇の裡に消えて行く。私の心も闇く消えて行く。

          三

 カイロの騷がしい埃の町、出迎へて呉れた案内者サラーも宿屋の感じも、私達に所謂「オリエント」の惡い方面ばかりを印せしめた。此の遊覽地本位の市の、旅客に接する土人と埃及居住者とは、「ホテル」の番頭、給仕人、案内者、商店員と言はず、凡てがたゞ出來る丈けの利益を短時間のうちに占めようと考へ、其の極禮儀や節制をさへ失つてゐるらしく、此の金錢關係以外に、我々と彼等との間に何等人間的の交渉は成立してゐない。而して彼等以外の土人と我々との間は全く隔絶して、彼等は黒い顏を以て我々を白眼視
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