学校
ちいさな島の収容所まで
半ばやぶれた負傷者名簿をめくり
呻きつづけるひとたちのあいだを
のぞいてたずね廻り
ほんに七日め
ふときいた山奥の村の病院へむけて
また焼跡をよこぎっていたとき
いままで
頑固なほど気丈だったあなたが
根もとだけになった電柱が
ぶすぶすくすぶっているそばで
急にしゃがみこんだまま
「ああもうええ
もうたくさんじゃ
どうしてわしらあこのような
つらいめにあわにゃぁならんのか」
おいおい声をあげて
泣きだし
灰のなかに傘が倒れて
ちいさな埃がたって
ばかみたいな青い空に
なんにも
なんにもなく
ひと筋しろい煙だけが
ながながとあがっていたが……

若いとき亭主に死なれ
さいほう、洗いはり
よなきうどん屋までして育てたひとり息子
大学を出て胸の病気の五、六年
やっとなおって嫁をもらい
孫をつくって半年め
八月六日のあの朝に
いつものように笑って出かけ
嫁は孫をおんぶして
疎開作業につれ出され
そのまんま
かえってこない
あなたひとりを家にのこして
かえって来なかった三人

ああお母さん
としとったお母さん
このまま逝ってはいけない
焼跡をさがし歩いた疲れからか
のこった毒気にあてられたのか
だるがって
やがて寝ついて
いまはじぶんの呟くことばも
はっきり分らぬお母さん

かなしみならぬあなたの悲しみ
うらみともないあなたの恨みは
あの戦争でみよりをなくした
みんなの人の思いとつながり
二度とこんな目を
人の世におこさせぬちからとなるんだ

その呟き
その涙のあとを
ひからびた肋《あばら》にだけつづりながら
このまま逝ってしまってはいけない
いってしまっては
いけない
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  炎の季節

FLASH!
全市が
焚《た》きこめられた
マグネシュームのなかで
影絵のように崩れる。

音ではない
それは
フワリと
投げ出された意識。
埋められる瞬間の
とおい
おのれ、

千万の硝子の飛散。
鉛より重い古びた梁木《はりぎ》
どたりと壁土が
とどめをさし、
外は
奇妙な灰色の
ぶざまにへしゃげた屋根の
電線の網の
人くさくて
人の絶えた
何里四方かの
死寂。

急に立ち上った焦茶《こげちゃ》の山脈の
すり鉢の底に
つぶれた広島から
なんという奔騰《ほんとう》!
もりあがり逆巻きゆれかえしおし上り
雲・
雲・
雲・
赤・橙・紫・
はるか天頂で
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