類はやめておいた方がいいわよ」
 他所事のようにそう云って私はひとりでクックッ笑ってしまいました。
「それよりお金のある方がいいんでしょう」
 母は軽くそう云いました。
 寐床にはいってから明日の予定をたてました。お天気がよかったら京都へあそびに行こうと決心しました。紅葉が丁度よい頃です。ぶらぶら人の行かないような道を選んで歩くのが私は好きでした。二三日前に、ピアノの売買を世話してわずかな謝礼金がはいりましたから、それで一日のんびりして来ようと、ほくほくしながら眠りについたのでした。

 ところが翌日の朝。
 父が今日は少し加減がいいから、私にしらべ物をしてくれと、そのリストをこしらえはじめました。売る物のリストです。出足をくらって少し不機嫌な私は父の机のそばにむっつり坐りました。十五六ばかりの品物が記されました。硯石や香合。白磁の壺、掛軸や色紙。セーブルのコーヒセット、るり色の派手なもので私の嫁入道具にすると云って一組だけ今まで売らずにいたのでした。それから銀器が五六点。
「雪子、これ土蔵から出しておいてくれ。それから東さんを呼んで来てね。だいたい値をかいておいたけれど、よくもう一度相談してみてくれ。銀は東さんでない方がいいだろう。貴金属屋の方が……」
「では今日中に」
 私は渋々立ち上り、袋戸棚から重い鉄の鍵を出して土蔵を開けました。ぎいっと大きな戸をあけると、かびくさいつめたい臭いがします。もう大方がらんどうになっていて、うすぐらい電燈の上にほこりが一ぱい積っておりました。品物を父の寐ている部屋の縁側へ並べて傷がないかしらべたりしました。母や叔母は、それ等の品を悲壮な面持で眺めております。
「仕方ないわね。編物の内職でなんとか春彦と二人食べて来てるけれど、だんだん注文もなくなって来たし、株だってさがる一方だし、売る物もないわ。ひすいやダイヤもすっからかん。今はめている指輪、これは十銭で夜店で買ったのよ。魔除けの指輪、もう三十年になるわ」
「おばさまはお偉いわ、どん底でも案外平気でいらっしゃる」
「なるようにしかならないものね」
「私はならせたい。やりたいのよ」
「八卦でもみてもらったらいい考えが浮ぶかもしれないわね」
「いい考えだわ、そう、雪子みてもらお。母様もみてもらおうじゃありませんか」
「いや、私はいやですよ、神様におまかせしているのです」
 その時初め
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