うテーマだそうで、私は、その中に加入されたと云うことを、甚だ侮辱にとって、ガチャリと受話器を置いた。「入梅」から、四作目が、「落ちてゆく世界」という七十枚の小説である。これは、VIKINGにのる前に、島尾氏の紹介で、若杉慧なる人に会い、彼がみせて下さいと持ってゆかれた。(島尾氏が直接若杉氏に手渡されたようでもある)暮であったか正月であったか、とにかく寒い日に、私は若杉氏の家を訪問した。彼の目は、蛇のようだと思った。そして、VIKING族の方が、よっぽど愉快だと感じた。若杉氏は、「落ちてゆく世界」を書きなおせ、そして文芸首都におくるようにと云われた。(その題は若杉氏がつけたものである。私は、そんな気のきいた題はつけていなかったようだ)はい、と云って帰宅し、清書して、東京へおくり、あかんと云われてかえされたのが二月末。それをそのまま、V誌にのせたのだ。偶然、その作が、作品社の八木岡氏の目にとまり、五月末に、電報が来た。「作品」春夏号に掲載すると云うのである。私は、よろしくたのむと電報を打った。それが、「ドミノのお告げ」と題されて、「作品」に発表されたのが、七月のはじめである。正直なところ、V誌に発表されるのと、印刷文字で発表されるのと、別に区別された新しい感激はなかった。然し、原稿料なるものがはいると思った時、少なからず、一人前になれそうな気がした。八月に、私が上高地・乗鞍の旅を終えて帰宅して数日、前田純敬氏より、芥川賞候補作に、「ドミノのお告げ」が選ばれたという速達が来た。びっくりした。「入梅」以来一年たつかたたぬかである。然も、四作目なのである。喜びよりも、えらいこっちゃと心配になって来た。と云うのは、私は、何気なく書いて来たので、書くということに何の論理も持っていなかったからである。多くの作家のように、自分の作品を云々する言葉も勇気も勿論なかったのだ。私は、あわてふためいた。だが一週間後、選外の発表を新聞でみた。何故かほっとした。入選出来るものではないと思っていたのだ。それに、私は、今でもそうであるが、「ドミノのお告げ」を自分の代表作だとは思っていない。好ましくない作品なのだ。ところで、文芸春秋に、丹羽氏のチャーチル会の女優の絵だとか云う批評を発見した時には、大へん怒りを感じた。皮膚でもって、字づらだけで作品をみている、と思ったのだ。然し、辻氏の「異邦人」をよんで、はるかに、私の作品より高いところにあるものだとは感じた。
 候補になったことは、確かに私に何かの刺戟を与えた。でも、作品社の稿料がはいらなかったので、わが家では、偉そうな顔は出来なかった。家族から反対された出発であったから、猶更、私は口惜しかった。家族に対してのみ、どうだい、と云う顔がしたかったのである。だが私は、売れる見込みも注文もないのに、実によく書きまくった。「灰色の記憶」に着手したのもその頃である。今にみとれと思いはじめた。親父とは度々口論をした。小説家なんかは、余程の才能がなきゃなれるものじゃない。それより、お前の幸福のためには結婚して、女らしい生き方をしたらよいのだ、と。斯うなれば、意地である。どんな苦労をしても、何とかやってみせると断言した。親父を遂にだまらせてしまったのだ。親父に対するつらあての気持で、私は、その後新聞関係から、記事を写真をと云われると、こころよく承知をした。親父は渋い顔をしていた。その年の十二月、私は生まれてはじめて、原稿料五百円をもらった。神戸新聞のコントである。大きな顔をして、家族へ菓子を買って帰った。その頃、私は喫茶店につとめていた。一週間に、二度か三度、手伝いに行っていた。一日働いたら三百円であった。休みの日は、朝から、インキ壺と原稿用紙をもって、CIEの図書館へ通った。ストーブがあって暖いのである。一時間に十枚位のスピードで、やたらむたらに書きまくった。私は、何故書くのか、殆ど考えようとしなかった。単純な意味では、家族に対するつらあてだったろう。では、何を書くのか。それも深くは考えなかった。けれど、女流作家のものをよんで、彼女等が描く女にひどく反撥していたから、私の書くものは、たいてい女を描いていた。あらゆる角度から女を解剖してみようと考えた。「灰色の記憶」なども、自分の今までふんで来た道程を、忠実に文章に表現しようとするよりも、一人の女性の、幼年期から少女期から、成長してゆく様を描こうとしたのであった。富士氏からは、よい作品だと云われたが、V会では、綴り方教室だとやっつけられた。私は、ドミノよりはるか以上にこの作品に愛着を感じている。しかし、二度と現在よみかえしはしてない。「灰色の記憶」は、その後清書して、井上靖氏が、ぜひよみたいと云われたので、東京へ送った。彼は、すぐれた作品だと、文学界へ推薦してくださった。然しボツ
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