いたのだ。私は、すりガラスの窓を細目にあけて中の様子をみた。十数人の男の子が、黒板にかかれた算術の問題を解いていた。その中に私はすぐに彼を発見した。しかし、ドアをあけてはいって行ってはみつかってしまう。私は、廊下を行ったり、来たりして考えていた。小一時間もたった頃、ドヤドヤと部屋から人が出て来た。校庭へ出てキャッチボールをするのだということがわかった。私は階段を降りてゆく彼等を見送ってから、廊下に人影がいないことをたしかめると、するりとドアの中へはいった。彼のすわっていた場所へ来ると彼はきちんと後かたづけしており、名前のはいった黒いランドセルが机の横にかけてあった。私はいそいでそれをあけた。やっぱり黒い革の筆入があり、その中には万年筆もはいっていた。私は、緑のヨット鉛筆を一本ぬいて手ばやくポケットへ入れた。十五六|糎《センチ》あり、滑かにけずられていた。私は彼の字もみたいと思った。で、ノオトを一冊出した。四角い字で読方の下しらべがしてあった。私は、一番字のつまっている頁を一枚破って四角くたたむと又ポケットへしまいこんだ。その時、誰かはいって来る人の足音をきいた。私は、胸がじんじん鳴るのを感じながら机と机の間に身を低めた。それは、学校中で一番恐しい彼の担任の先生であった。彼は、先生の大きな机に着くと、何か調べ物をはじめた。進退窮まって、私はじっとしていなければならなかった。しかし、彼の調べ物の分量は随分多いようだった。屹度、生徒が運動場からもどって来るまでここに居るのだ。私は不安な気持がまして来た。私は、決死の覚悟でそろそろ歩み出した。机や椅子にあたらぬように身をかがめて這うように戸口に近づいた。先生は、むつかしい顔をして赤鉛筆で何か記入していた。私はやっと、先生のところから一番遠い距離の、後側の扉の下へ来た。ドアは閉っていた。私は又思案にくれた。が、いきなりたつと同時にドアをあけ、さっと廊下へ出ると一目散に階段のまがり角まで来た。
「誰だ」
 という怒号をきいた。その時は、私はすでに階下に近いところへ飛んで降りて来ていた。一階の廊下を素知らぬ顔をしてゆっくり歩いた。運動場へ出た。彼が球を高く高く放り上げる姿をみた。ポケットの中へ手を突込んで鉛筆と紙切れをしっかり掴んだ。
 その事件は、幸い誰にも発見されずに済んだ。私は、眠る時、枕カバーの中に、紙切れと鉛筆とを入れて
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