るところがない安定感があった。いつまでたっても玄関脇の机と受付けの角で立ったり坐ったりしていた。来客者には評判がよかった。言葉が流暢であったからであろう。学校で演説したり、又幼い頃から、言葉の躾が喧しかったせいで、苦労しなくても、敬語を使うことが出来た。
多忙の五カ月がすぎた。はじめてボーナスという大きな袋を社長から手渡され、両親や兄弟や、例の友達のお母さんに贈り物をした。お金をもらうことと、人に物を与えることの喜びが、このころの生活の張合いでもあったわけなのだ。
そのうち、丸坊主の大岡少年が私にとりわけ親切にしてくれるのに気がついた。度々、お使いの行きかえりに偶然会ったり、夕立がすぎるまで他所の軒先で並んで一こと二こと喋ったりすることがあった。大岡少年は顔中吹出物だらけの田舎者であった。ある日、倉庫の地下室を他の少年達もまじえて整理をしていた。五時をまわっており、埃と湿気と布地の中のかびくさい臭いとの中で、品物をまとめたり片附けたり、藁くずを一ぱいかぶりながら働いていた。大岡少年は梯子の上にのっかり、私は下から彼の手へ、小さな包みを手渡していた。彼の両脚に濃い毛がまいており、ぞうりをつっかけた素足の指の爪は真くろに垢がたまっていた。
よいしょ。よいしょ。と云いながら、その呼吸とかけ声が、私の頭上にいきおいよく感じるのを、半分うっとりしながらきいていた。彼のランニングシャツはうすねずみ色に汗と垢がしみついており、体を伸ばす度に、たくましい皮膚と脊柱がみえた。荷物の受け渡しに手先がふれ合った。ガサガサした固い指で、やはり爪垢が一ぱいたまっていた。
最後の小包を手渡す時、私はこれでおしまいであることを告げながら、しばらく、彼の手先と荷物と自分の手先が動かない位置にあることを知った。私は、いきなりぱっと面映い気持を押えられないで無邪気に舌を出して手をはなした。彼はそれを、巧みに放り上げると、そこから、私の上へ飛び降りようとした。私は体をさけようともせず、彼の躍動的な瞬間のポーズにみとれた。どかっと、自分の肩に重みを知った時、彼の唇と私の唇は反動的にわずかふれ合った。私は急にいらだたしい気がして五六歩小走りして他の少年達のところへ来た。
「もうわたしんとこ済んだの。手伝ったげる」
彼等の間にはいって、私は荷物の整理をはじめた。大岡少年は、首にぶらさげた手拭で顔をふ
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