り、そんな話独特の冗談や陰語を教えてくれたりした。私の想像する恋愛と彼等の抱いている恋愛感情とのひらきに戸惑いすることもあった。そして、わずかな失望と、それでいて彼等に対する興味とを持った。しかし、私は、会社に拘束されており今までのように事件を起すことは不可能であった。最も窮屈な生活の中で、私は窮屈さに馴れ、麻痺され、諦めのようなものを得た。感情を押し殺すことを平気で行うことに、別だん、矛盾だとも思えなくなり、行動することもだんだん打算的になった。
 三月になって、私達の学年は卒業した。その時、私の卒業証書も家に託送された。その事実を知ったのは、例の国語の女教師の口からであり、母は証書を私に披露しなかった。そのことで、級友達はすっかり私とはなれてしまった。他に、家庭の事情で退学した生徒がいたが、私より後のことであったのに免状はもらえなかったということが、余計に問題になったそうである。私は、紙切一枚が、それほど貴重なものだとその頃思っていなかったから、別段ほしいとねがっていたわけではない。かえって自分から退学したことに妙な誇に似たものを抱いていたから、自分の人格を無視された大人達の策略に腹立しくさえ思った。職員会議で問題になったそうである。しかし、私の父がかつて有名人であり、学校には寄附をしており、理事という席にいた関係上、校長の殆ど独断的な意見で私に証書が送られたのであった。このことは私を不愉快にした。しかし、すぐ忘れることが出来た。いそがしい毎日の仕事のおかげである。国語の教師は、私の居ない学校は張合いがないと云って辞職して故郷へかえってしまった。私は、学校や友達と全く絶縁された位置を、さみしいとも思わなかったし、後悔もしていなかった。
 物価高で、毎月のように月給は昇った。私は小さな陶器の灰皿を買ったりしてたのしんだ。女でありながら、御化粧したりしないことを小使いのおばさんが不審がった。
「ちっと、口紅でもぬんなはれ」
 私がよく働くのでとりわけ私をかばってくれる彼女はそう云った。私は、頭髪に電気をかけ、ぽおっと御化粧をはじめた。分家さんは、にたにたと私の顔をみながら笑った。彼はいつも口をななめにあけて大きな机にぼんやりすわっていた。彼は、私より以上に数学が出来なかった。てれくさそうに、ゆっくり算盤と指をつかって、昼飯のやき飯の代金を私に手渡したりした。彼は怒り
前へ 次へ
全67ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング