どいた。中にありふれた人形がよこたわっていた。小さな胸に、あんな憤りを感じたことはそれ迄なかった。私はいきなりその西洋人形の髪の毛をひっつかみ柱にぶっつけた。ママーと云ってその人形の頭は砕けた。
「パパは嘘おっしゃったの、ママも嘘おっしゃったの、ボビはわかったの、わかったの」
 その日から、私はもう大人達を信じなくなった。そして、自分の心の中をすっかり閉ざして誰にもみせないようにしてしまった。そして又大きな裸の人形と眠るゆめが、やぶれてしまったという失望と――その頃はもう、乳母の乳房をいじることは、弟の手前、出来なかったのである――大人に欺されたという腹いせとが、私を妙にこじれさせ、恐しいことには嘘をついてもよいのだという気持が、もこもこと起き上って来たのである。そしてその一種の嘘が、空想したり想像したりするたのしみをつくらせた。私は平気で自分をつくり話の主人公にして、弟や女中に話をしてきかせた。
「ねえ、きいて頂戴、ボビはねエ。遠い遠いお国で生まれたの、ママもパパもなかったのよ。たくさんの木があって、兎や鹿がボビを育てたのよ」
 私は毎日ちがった話をつくり出した。そうして出鱈目な話をしてみせることがどんなに愉快なことであるかを知った。小さな頭一ぱいに、お星様やお花畠をおもい、美しい人達――それがどうしてもあのマネキンの裸像であったのだ――が踊ったり歌ったりしていた。

 私は、大人達が親切にしてくれることを喜ばなかった。私の家は、大家族であり、父の兄弟は分家していなかったし、祖母が健在であったから、お正月だとか、祖父の命日だとかには必ず、大勢の人達が集った。そんな時、私も、きちんとした身なりをさせられ、御挨拶せねばならない。ところが私は、大人のおほめ言葉を真に受けなかったし、物をくれようとしても、それが何かの手であるように思えたから受けとらないで、大人も、私をひんまがった子だと自然目もくれないようになった。それに、弟が派手な存在であったのだ。弟は母の容貌に似ており、愛くるしく気品があった。大伯母や叔父達はみな弟をかわいがった。
「アンダウマレノミコト、って知ってる?」
 これが、五歳にならない弟の作ったナゾナゾだった。
「誰方でしょう。どんな神様?」
 大人達がきく。
「あんネ、ヤスダセイメイのことさ」
 大人達は本心驚いた。人の話をきいたり、新聞のふりがなをそろ
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