、やっぱりもう駄目ね。
小母様。明日は、いえ今日は大晦日。この年は終るのです。この年はじめには、緑の島を熱愛していました。そして、彼を誤解したため、自ら命をたつ行動をし、その揚句には生きかえって、肺病になった。私は、何という女でしょう。今は、鉄路のほとりを愛しきっているのです。小母様、もう一度会いたいと思う。だけど不可能です。明日、私は武生へ旅立つべきでしょうか。武生へゆく旅費はあるのです。
小母様、私はこれをよみかえしはしません。よみかえす勇気はないのです。これは、私の最後の仕事。これは小説ではない。ぜんぶ本当。真実私の心の告白なんです。だから、これを小母様によんで頂いたら、或いは、雑誌に発表されたら、私は生きてゆけないでしょう。鉄路のほとりは、虚構でなしに、本当のことだけを書けと私に云いました。
これがそうです。私はこれを発表するべくして、死ぬでしょう。私の最期の仕事なんですから。そして、富士氏におくるよりも先に、鉄路のほとりへよんでもらいましょう。そして私は、彼の意志にまかせて、破るなり、或いは小母さんのところへ持って行ってもらうなり、雑誌にのせてもらうべく、富士氏の所へもって行ってもらうなり致しましょう。
小母様、私は静かな気持になれました。書いてしまった。すっかり。何という罪深い女。私は地獄行きですね。
小母様、お体をうんと大切にして下さい。花がいけてある御部屋。なつかしい御部屋です。
[#天から2字下げ]十二月三十一日午前二時頃
底本:「久坂葉子作品集 女」六興出版
1978(昭和53)年12月31日初版発行
1981(昭和56)年6月30日六刷発行
入力:kompass
校正:松永正敏
2005年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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