は、無言のまま歩きはじめました。北の方へむかって。何も云いませんでした。そして、大きな橋まで来ました。下は汽車の線路です。煙があがって来、とても寒い風がふいて居りました。彼は口をきりました。ひどいことを云って、本当にすまなかった、と。私はその言葉を、まるで期待していなかったのです、私は驚きました。そして途端。死ねなくなるのじゃないかと思いました。私達は又歩きはじめました。何分位歩いたでしょうか。鉄路のほとりは、急に云ったのです。僕と結婚してくれますか、と。それは私にとって、期待していたことだけれど、少しも、その言葉をきけるものとは思っていなかったのです。私はもう、何もかも捨てて、彼だけで生きることが出来ると思いました。私は喜びしかありませんでした。不安も苦悩も、そうです、小母様、私はその時、罪悪感も何もかも、家庭のことも、仕事のこともすっかりなかったのです。私達は、長い間歩きました。小母様、この日、私は本当に幸せだと思いました。私は、何の疑いも何の迷いもなく、彼の愛情をそのまま感じ信じたのです。私はうれしいと云いました。本当に嬉しいでした。私達は時間がたつことを暫く忘れて居りました。私は、けれど、やがて、今日家へ戻る自分を、ほんとに情けない気持で想像したのです。私は、帰りたくないと申しました。でも、鉄路のほとりは、私に帰るようにと云いました。十時半前、大阪駅に戻りました。汽車には、まだ間に合うのです。でも私は、黒部へ行こうとは勿諭思いませんでした。私は鉄路のほとりと別れて、神戸へむかいました。そして知合いに出あい、彼にさそわれて、焼鳥屋へのみに行ったりして、帰ったのです。小母様。だけど一歩家の中へはいった私は、又、重い石を頭にのっけられたような、いやな気持になったのです。淀んだ川瀬から、救い出してほしい。誰か救い出してほしい。私は疲れ切っていました。小母様、鉄路のほとりに、私の今の立場を救い出してほしいとは云いかねるのです。彼は生活がゆたかではありませんし、今のようなお互いの気持に、現実的な問題をどうして取上げられましょうか。その夜も、兄のことで、父母は何かぽそぽそ云ってましたし、私はすぐに寐床へはいり、とても、苦しい気持になったのです。一刻も早く。私は、重石をとりのぞかせるような状態まで、自分を持ってゆきたいと。私はその夜あれこれと随分考えました。彼とのこと。それ
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