。蓬莱和子の真珠の光沢は、彼に、南原杉子とのこれから先の関係を肯定しているようであった。
仁科たか子は、こんなにはやくいろいろの音の連続を出せるのかと、不思議に思った。
――ああ、阿難。ピアノをやめて、僕は狂いそうだ。阿難の感覚。阿難の作曲。阿難の音。だが、やっぱりつづけてくれ、いつまでも、僕は狂いそうだ――
仁科六郎は目を閉じていた。
高音部のトレモロ、マイナーのアルペジオ。
――阿難。阿難――
阿難は、頬をつたって流れる涙を感じた。最期の三つのハーモニー。
「阿難」
突然。それは、仁科六郎の声であった。本当の声であった。阿難は、ピアノにうつる彼の姿をみた。彼女は、キイに手をおいたまま、ペダルもきらずにうなだれた。
仁科たか子も、蓬莱夫妻も、仁科六郎のさけびをきき、彼の表情を目撃した。誰も何一言云わない。つったっている仁科六郎を、唖然として見上げている。彼の、短いさけびを理解することがどうして出来よう。
ふいに、金茶色の布がきらめいた。阿難は、まっすぐドアの方をみたまま、部屋を小走りによこぎった。涙がひかっていた。
「魔性なんだよ。彼女には魔性があるんだよ。たか子
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