阿難は答えなかった。
五
「お杉は誰かと一しょにくらしているのよ。屹度。だけど、お杉にはスカッとしたところがあるから、アプレじゃないわね」
蓬莱和子は仁科六郎に云った。彼は黙っている。
――僕達、(仁科六郎は自分と阿難を平然に僕達と考えてしまっている。そして又、意識の中に無意識にすでに阿難と呼んでいる)は、度々会っている。そしてお互に現実の相手を、知りあっている。そして又愛し合っているに違いない。だが僕は阿難について何一つ知識がないようだ。僕はきかない。彼女も云わない。又、彼女はワイフのことを、全く、どんな方ともききゃしない。蓬莱和子とのことは唯一度ふれたにすぎない。阿難には嫉妬心がないのか。それとも、単に刹那の快楽の対象としての僕なのか。いやちがう。そんな風にはどうしても感じられない。それに、彼女に男が居ないことも確かだ。彼女は新鮮。常に新鮮だから。だが不思議な関係だ。沈黙のうちに成立した恋人同志。愛してます、とさえお互に云い合ったことがない。沈黙のうちに信頼し諒解してしまっている。不思議だ。然しこれでいいのだ。まったく自由であり、かえって永続する愛だ。いや、ま
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