首筋のあたりにふれてみた。仁科六郎は右手に力をいれた。素早く唇と唇がふれ合った。
「六ちゃん。羨しいわね。お杉と踊れて」
一曲終った時、ふりかえった蓬莱和子が、仁科六郎に片目をつぶって声をかけた。
「ママさん、私がリードするから踊って頂戴」
南原杉子は、四十歳の蓬莱和子が突然はなやかにみえたので、彼女の肉体にふれてみたいと思ったのだ。
「まあ、うれしいわ。お杉。教えて下さる?」
高い椅子からとび降りて来た蓬莱和子を、南原杉子は軽く抱いた。
「両手を私の肩にのせて、あしに力をいれないで、四拍子でしょう。曲にあわせて」
南原杉子は、蓬莱和子のしなびた肉付きをウールのスカートの上から感じた。
「足をみないで」
蓬莱和子は顔をあげた。目の下のたるみと、たるみがなす黒いくまと、額ぎわの細い皺とが、少しくずれかけた化粧を通して、はっきりあらわれているのを、南原杉子は観察した。しかし、彼女は、決して優越感を抱かなかった。何故なら、容貌は昔美しかったことを物語っているがすでに容色はおとろえている。肉体は貧弱で、感覚はまるで零。才智は浅薄。しかし、魅力があるからだ。妖気があるからだ。もてる女だ
前へ
次へ
全94ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
久坂 葉子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング