さん、あなたの御主人は、魔につかれたんですよ。さあ。飲みなおしだ」
 蓬莱建介は、やっとそれだけのことを云うことが出来たのだ。彼にとって、蓬莱氏と、蓬莱夫人が無事に終ったことが一まず安心にちがいなかった。
「あなた、どうなさったの」
 たか子は、共に不安なまなざしをおくった。仁科六郎は、悄然と椅子にこしをおろした。その時、蓬莱和子は、傍のグラスを一息にのむと、ヒステリックな笑い声をたてた。

     十三

 ――阿難は生きてゆけません。一生、こんな大きな幸福の、華々しい瞬間は、もうございませんもの。阿難、とあなたの声。阿難の幸福の瞬間、華々しい瞬間が――
[#地から1字上げ]〈昭和二十七年〉



底本:「久坂葉子作品集 女」六興出版
   1978(昭和53)年12月31日初版発行
   1981(昭和56)年6月30日6刷発行
入力:kompass
校正:松永正敏
2005年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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