ってゆく。
「ねえ、奥様と三人でのみにゆきませんか」
 南原杉子の言葉が終りきらぬうちに、
「私、今日、約束があるのよ、お杉、彼に附合ってやって下さいな」
 蓬莱和子は、今日はおひとり? と建介に問うた南原杉子の言葉に、内心こだわっていた。

 電車通りを横ぎったところで自動車をひろった蓬莱建介と南原杉子。
「おんなって実際わからんね」
 彼女は、声高に笑った。
「だって、待合せのこと奥様におっしゃらなかったでしょう」
「何故わかる」
「あなたの奥様は、御存じのことすべておっしゃる性格の方ですもの、私に待合せのこと、おっしゃらなかったわ」
「じゃあ、偶然の出会いになってるわけだね」
「そうよ」
 南原杉子の右手が、ふと蓬莱建介の膝にふれた。彼女はそれをわざと意識的な行為にするため、強く又彼の膝に手の重みをかけた。
「どこへ連れてって下さるわけ」
「僕のね、かわいい女をみてほしいんだ」
「それは興味」
 自動車は繁華街の手前でとまった。二人は横丁のバーへはいった。
「ひろちゃん、居るかい」
 中からばたばたと草履をならして出てきたのほ、色白のあごの線の美しい娘。小紋の御召しが似合っている。
「まあ、けんさん、ひどいおみかぎり」
 隅のソファへ彼はどっかりこしかけた。南原杉子もその隣にすわる。
「この女史、ジャズシンガーだよ」
 南原杉子は、マッチの火をちかづけてくれるその娘ににっこり笑った。
「おビールだっか」
 娘がスタンドの方へゆく。御客は一組。スタンドの中で、マダムは愛想わらいをふりまいている。
「ひろちゃん、どうだ」
「いいわね。大阪に珍しいわ、だらだらぐにゃにゃした女性ばかりですものね」
「いいだろう」
「もう少し観察してから、アダナつけるわ」
 ひろちゃんを相手に、二人はのんだり喋ったりした。大した話ではない。けれど、二人の親密度をました。
「あなたはスポットガールの何に魅かれるわけなの?」
 腕をくんで、少しさびた通りを歩いている時、南原杉子は蓬莱建介に問うた。スポットガールとは、彼女が先刻、ひろちゃんにささげた愛称である。たった一つの点。決して線がそれにつながってないという意味。蓬莱建介は、何のことだかわからないが、彼女のつけたアダナの音《オン》がよいと云った。
「魅力ね、魅力の根源はね」
「つまり、スポットだからでしょう。彼女は誰からも触れられてない」
「成程ね、僕も彼女にふれがたいんだ。いい女さ」
 突然、南原杉子はたちどまった。
「ねえ、あなたが好きになったわ、かまわないこと、私、好きになったら、もうれつ好きなのよ」
 南原杉子は、自分が心にもないことを口にしていることに、一種のよろこびを感じた。
「君は、スポットじゃないね」
「勿論よ。そしてあなたのスポッツでもないわ」

 ――如何して私から誘惑などしたのかしら。金をうるための娼婦。肉体的な享楽だけの芦屋婦人、彼女等は割切っているのに。けれど私は、金のためでも、肉慾のためでも、勿論、恋でもない。別の意味……。たしかに意味はある筈。だが、その意味は何の心の動きだかわかっちゃいないわ。蓬莱建介は、私を愛しちゃいない。単に肉慾の対象にしているのだわ――
 ――阿難がみじめだわ。仁科六郎を愛している阿難がみじめだわ――
 ――衝動的なものだろうか、いいえ、下宿を出る時、今夜は用事で帰れませんと云ったんだわ――
 ――阿難があんなにとめたのに、南原杉子はひどいわ――
 ――いいえ、阿難が南原杉子をこんな結果にさせたのよ。仁科六郎を愛する故に、かえって、蓬莱建介とのつながりを強いたのよ。何故……。いや蓬莱和子。彼女に対しての働きはないのかしら。それが最も大きいんだわ。彼女が、私に示す、いつわれる真実のマスクをはがしてみたいのよ。彼女の嫉妬と憎悪を露骨にうけたいのよ――
「ねえ、あなた、奥様におっしゃるおつもりなの」
「云ったらいけないのかね」
「どちらでもいいわ」
 二人は笑った。蓬莱建介は笑った後、背筋に不愉快な戦慄を感じた。不気味な女だ。と彼は思った。
「私から、云ったらどうかしら」
「六ちゃんに云いつけられるよ」
「奥様、何ておっしゃる? お杉と主人とが浮気しましたって、彼に云うわけ?」
「一体、君は、六ちゃんとどうなんだ」
「どうってきくのは愚問よ」
 愚問だと云うのは返答ではない。全く、あいまいな言葉であるが、しかし、愚問よと云われると、二つの意味を一つに確証してしまう。潜在意識のはたらきでである。南原杉子は、度々愚問よという言葉を口にすることがあった。
「じゃ、君は僕を好きだと云ったのは嘘?」
「好きだから本当よ」
「同時に二人を好きなのかい」
「三人よ。あなたの奥様もよ」
「でも、誰かを裏切ったことになるね。つまり、六ちゃんか、うちの妻君か、僕か。背信
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