ましだわ――
 ――もう駄目、何もかも駄目。阿難は何も云えないわ――
 蓬莱和子は、真珠をいじりながら、自分が想像していたような集りのふんいきにならなかったことに気付いて腹立たしかった。彼女は、夫建介と親密な関係を、南原杉子にみせるつもりだったのだ。ところが、蓬莱建介は、何かというと南原杉子をかばい、その上、仁科たか子までが。
「ねえ、六ちゃん。あなたはお杉がいつも仮面をかぶっているらしいことをどうも思わない?」
 遂に、彼女は最期の一人に同意を得ようとした。
「僕、わかりませんよ。そんなこと。それより、うたでもうたってくださいよ」
 仁科六郎は、蓬莱和子の得意とする歌をうたわすことが、この場合、最も座が白けないで済むと思ったのだ。案の定、彼女ははれやかにピアノの傍へちかづいた。仁科六郎は、無言でピアノをひけと阿難に命じた。
「私、伴奏しますわ」
「あら、お杉、ピアノひけるの」
「南原女史は何でも屋なんだね」
 蓬莱和子は、楽譜をめくりながら、一番むずかしそうな伴奏のを選んだ。
「初見でおひきになれる?」
「ええ。エルケニッヒね」
 南原杉子は苦笑した。そして、ピアノのキイに手をのせたかと思うと、はやい三連音符をならしはじめた。
 仁科六郎はほっとした。黙って居られることが、そして、南原杉子が自分に背をむけていることが救いであった。
 ――阿難、僕達は何てかなしい対面をしたのだろう――
 彼は、蓬莱和子の歌声などきいていなかった。そして、両手をくんでじっとその手をみていた。
 蓬莱建介もきいていない。彼は、妻和子の不穏を感じて、この集りが終る時までに、何とかして彼女の機嫌をとらなくてはと思っていた。
 蓬莱和子は、時折楽譜をみながらピアノの傍で自分の声に酔っていた。
 ――私は、何といったって今宵の中心人物なんだわ。お杉だってそれに気付いて、内心私に嫉妬しているのだわ。あら、夫が私をみて頬笑んだわ。やっぱり私の美貌が得意なんだろう――
 南原杉子は、ミスがないようにと忠実にひいた。
 曲が終った時、相手をしたのは仁科たか子であった。彼女は、拍手をしなければならないものと、曲がはじまった時から待機の姿勢でいたのだ。
「音が狂ってますわ」
 南原杉子は、三つ四つ、キイをたたいた。
「お杉ったら、どうしてピアノひけるって云わなかったの」
 南原杉子は苦笑した。
「お杉、何
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