営業関係の人に会いにゆく。その時、蓬莱和子の機嫌のいい、そして流暢な喋り声を思い出したのだ。と、急に、南原杉子は彼女に会いたくなった。ものずきからである。会社の用事をすませ、狭い廊下を小走りに受付へ来ると、仁科六郎ほまだいた。
「そばでも食べに行きませんか」
 南原杉子は、そばと仁科と、そして蓬莱和子をならべたてて考えた。
「ちょっと用事があるのよ。今度ね」
 エレベーターの扉がしまった。仁科六郎は冷い顔をしていた。彼女は、蓬莱和子と仁科六郎の関係を考えた。
 カレワラにはいると、奥でピアノの音がしていて、マダムがリードを練習していた。お客にきかせるならジャズでもうたえばいいのに、南原杉子はそう思った後で苦笑した。一人も御客はいなかったのだ。カウンターの上の水仙は枯れかかっている。女の子が珈琲をいれながら、ママさんを呼びましょうかと云った。南原杉子はにっこりうなずいた。
「まあ、いらっしゃい。おまちしてましたのよ」
「先日は失礼、いそがしくって……」
「そうですってね。六ちゃんが云ってました。一人で何でもやってらっしゃるんですってね」
「(六ちゃん。よほど親しい人とみえる)ぼんやりだから、仕事駄目なのよ。……いいお店。おたのしみね」
「あらいやだ。ちっとももうかりませんのよ。あなた東京の方ね。私、谷山さんの弟子ですのよ。あ、先達は、見えてたでしょう。ああして、月に一回レッスンに来て頂いてますの。関西の御弟子さんはみんなここへいらっしゃるのですよ。御店だか稽古場だかわかりませんわ」
 南原杉子は、長々喋ってくれる相手が好きだ。その間に他のことを考えていてもいいし、十分に相手を観察することも出来るのだから。
 ――一体、この人どんな生活しているのだろう。あれまあ、又谷山をほめている。東京では弟子がないもんだから、ひょこひょこ関西落ちしてるのに、おや、首のあたりに、かげりがある。随分の年かな――
「あなた、音楽なさいませんの」
「好きだけど、無芸なのよ」
「あなた、失礼だけど、お幾つ」
「年などはずかしくって申せませんわ(実際のところ、私はいくつになるのかしら)」
「あら、ごめんなさい。お若くみえますわ、で、おひとり」
「ええ」
「御家族は」
「東京」
「まあ、じゃたったおひとりなんですの」
「さあ」
 南原杉子は遂に笑いだしてしまった。蓬莱和子の質問がちっとも面白くない
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