と自負している蓬莱和子なのだ。一体、何ものが蓬莱和子を華美な存在にしているのだろう。南原杉子は、蓬莱和子に対して今までない興味が湧き上って来た。一曲終った。
「うれしかったわ。あなたと踊れて。うろおぼえに男足知っててよかったわ」
 南原杉子の態度は一変した。仁科六郎は、不可解な顔をした。それ程、急に南原杉子は、親しいやさしみのあるせりふを蓬莱和子に提供したのだ。
「あら、私こそ。これから度々踊って下さいね。あなたは素晴しい人ね、好きよ」
「わたくしも好きですわ。美しい人は好き」
 蓬莱和子は有頂天になったのだ。私は又一人もてたのだ[#「もてたのだ」に傍点]と。
「六ちゃん。やかないでね、女同士だからいいでしょう」
「おかしな人達だ」
 南原杉子は、スタンドの上のビールのこぼれたあとに、指を二三度たたいて、仁科六郎の前に三角形をかいた。そしてすぐ消してしまった。

 南原杉子は下宿の二階で、畳の上に又三角形をかいた。途端に彷彿と、阿難が浮んだ。
 ――阿難が居るんだわ。阿難は仁科六郎に恋をしているんだわ。阿難は、蓬莱和子を問題にしていないわ。阿難、お前は、南原杉子をどう思っているの?――
 阿難は答えなかった。

     五

「お杉は誰かと一しょにくらしているのよ。屹度。だけど、お杉にはスカッとしたところがあるから、アプレじゃないわね」
 蓬莱和子は仁科六郎に云った。彼は黙っている。
 ――僕達、(仁科六郎は自分と阿難を平然に僕達と考えてしまっている。そして又、意識の中に無意識にすでに阿難と呼んでいる)は、度々会っている。そしてお互に現実の相手を、知りあっている。そして又愛し合っているに違いない。だが僕は阿難について何一つ知識がないようだ。僕はきかない。彼女も云わない。又、彼女はワイフのことを、全く、どんな方ともききゃしない。蓬莱和子とのことは唯一度ふれたにすぎない。阿難には嫉妬心がないのか。それとも、単に刹那の快楽の対象としての僕なのか。いやちがう。そんな風にはどうしても感じられない。それに、彼女に男が居ないことも確かだ。彼女は新鮮。常に新鮮だから。だが不思議な関係だ。沈黙のうちに成立した恋人同志。愛してます、とさえお互に云い合ったことがない。沈黙のうちに信頼し諒解してしまっている。不思議だ。然しこれでいいのだ。まったく自由であり、かえって永続する愛だ。いや、ま
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