十一娘はそこで病気になっている故《わけ》を話した。三娘は涙を流したが、そこでいった。
「私の来たことはどうか秘密にしててくださいまし。ものずきがいろいろの評判をたてると困りますから。」
 十一娘は承知した。そこで一緒に十一娘の室へ帰って同じ榻《ねだい》に起臥して心ゆくばかり話しあった。十一娘の病気はやがて癒《なお》ってしまった。二人は約束して姉妹となって、書物も履物も互いに取りかえて着けた。人が来ると三娘は隠れた。二人はそうして五、六月もいた。范祭酒と夫人がそれを訊き知った。ある日二人が棋《ご》を囲んでいると、夫人が不意に入って来て、三娘をじっと見て驚いて、
「ほんとに好いお友達だ。」
 といって、十一娘の方を見て、
「好いお友達ができて、私もお父様もうれしいのですよ。なぜ早くいわなかったの。」
 といった。十一娘はそこで三娘の意のある所を話した。夫人は三娘の方をふりかえっていった。
「あなたのような方がお友達になってくだされて、私達はうれしいのですよ。なぜお隠しになるのです。」
 三娘はぽっと顔を赤くして、帯をいじるのみで何もいえなかった。
 夫人が出ていった後で、三娘は帰りたいといいだした。十一娘はたってそれを止めた。そこで三娘は帰らなかった。
 ある夜、室の外から三娘があたふたと走りこんで来て泣きながらいった。
「私が帰るというものを、帰してくださらないから、こんな侮辱《ぶじょく》を受けたのです。」
 十一娘は驚いて訊いた。
「どうしたのです、どんなことがありました。」
 三娘はいった。
「今便所にいってると、若い男が横から出て来て、私に悪戯《いたずら》をしようとするのです。逃げるには逃げたのですけど、ほんとに辱《はず》かしいことですわ。」
 十一娘は細かにその若い男の容貌を訊いてからあやまった。
「そんな馬鹿なことをする者は、私の兄ですよ。きっとお母様にいいつけて、ひどい目にあわさせますから。」
 三娘はどうしても帰るといいだした。十一娘は朝まで待って帰ってくれといった。三娘はいった。
「親類の家は、すぐ目と鼻の間ですから、梯《はしご》をかけて牆《かきね》を越さしてくださればいいのです。」
 十一娘は止めてもいないということを知ったので、一人の侍女に垣を踰《こ》えて送らした。半路ばかりもいったところで、三娘は侍女に礼をいって別れていった。侍女はそこで帰って来た。十一娘は牀《ねだい》の上に泣き伏していたが、ちょうど夫を失った人のようであった。
 三、四ヵ月して十一娘の侍女は何かのことで東の方の村へいって、夕方帰っていると、三娘が老婆について来るのにいきあった。侍女は喜んでお辞儀をして、三娘のことを聞いた。三娘も心を動かされたようなふうで、十一娘のことを訊いた。侍女は三娘の袂《たもと》を捉《とら》えていった。
「あなたがお帰りになってから、うちのお嬢さんは、あなたのことばかり死ぬほど思いつめていらっしゃるのですよ。」
 三娘もいった。
「私も十一娘さんのことを思ってるのですが、うちの方に知られるのが厭なのでね。帰ったならお庭の門を啓《あ》けててくださいまし。私がまいりますから。」
 侍女は帰ってそれを十一娘に知らした。十一娘は喜んでその言葉のとおりに庭口の門を啓けさした。三娘はもう庭へ来ていた。二人は顔を合わした。二人はそれからそれと話して寝ようともしなかった。侍女が眠ってしまうと、三娘は十一娘の牀《ねだい》へいって一緒に寝ながら囁《ささや》いた。
「私はあなたが許嫁《いいなずけ》をしていないことを知ってるのですが、あなたのような容貌《きりょう》を持ち、才能があり、立派な家柄があって、何も身分の貴《たか》い婿がなくっても好いでしょう。身分の貴い家の子供は、いばってていうにたりないですよ。もし佳《い》い夫を得たいと思うなら、貧乏人とか金持ちとかいわないが好いでしょう。」
 十一娘はそのとおりであるといった。三娘がいった。
「昨年あなたと逢った処で、今年もまたおまつりがありますから、明日どうかいってください。きっとあなたがお気にいる旦那様をお見せしますから。私はすこし人相の本を読んでます。あまりはずれたことがないのです。」
 朝まだ暗いうちに三娘は帰っていった。帰る時二人は水月寺で待ちあわす約束をした。
 やがて十一娘がいってみると三娘はもう先に来ていた。二人はそのあたりを眺望して境内を一めぐりした。十一娘はそこで三娘を自分の車へ乗せて帰っていった。寺の門を出たところで一人の少年を見かけた。年は十七、八であろう。布の上衣を着た飾らない少年であったが、それでいてその容儀にきっとしたところがあった。三娘はそっと指をさしていった。
「あれは翰林学士《かんりんがくし》になれる方ですよ。」
 十一娘はひとわたりそれを見た。三娘は十一
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