ことが聞えて来た。孟はひどく歎いて、美しい人について一緒に死ななかったことを恨んだ。
 孟は夜の暗いのをたよりに十一娘の墓へいって、心ゆくばかり哭《な》こうと思って、夜、家を出て歩いていると、向うからきっとなって来た者があった。擦《す》れ違おうとしてみるとそれは三娘であった。三娘はいった。
「結婚ができるのですよ。」
 孟は泣いていった。
「あなたは、まだ十一娘が亡くなったのを知らないですか。」
 三娘はいった。
「私ができるというのは、亡くなったからですよ。早くお宅の方を呼んで来て墓をお掘りなさい。私が不思議な薬を持っておりますから、かならずいきかえるのです。」
 孟はその言葉に従った。墓を掘り棺を破って十一娘の屍《しかばね》を出し、穴をもとのように埋めて、自分でそれを負《せお》って三娘と一緒に帰り、それを榻《ねだい》の上に置いて三娘の持っていた薬を飲ました。時がたってから十一娘はいきかえって、三娘を見ていった。
「ここはどこです。」
 三娘は孟に指をさしていった。
「ここは孟安仁の家ですよ。」
 三娘はそこで故《わけ》を話した。十一娘ははじめて夢が醒《さ》めたようになった。三娘はそれが世間に漏《も》れることを懼れて、二人を伴れて十五里もある山村へいって、匿《かく》れさしておいて帰ろうとした。十一娘は泣いて留《と》めて、離屋《はなれ》におらした。そこで葬式の飾りにした道具を売って、それを生活費にあてたので、どうにか不自由がなかった。
 三娘は孟が十一娘に逢うたびに座をはずした。十一娘は三娘にうちとけていった。
「私とあなたとは、ほんとうの兄弟も及ばない仲ですのに、それが長く一緒にいられないのです。蛾皇女英《がこうじょえい》になろうじゃありませんか。」
 三娘はいった。
「私は小さい時に、不思議な術を授《さず》かって、気を吐いて長生することができるのですから、結婚はのぞまないです。」
 十一娘は笑っていった。
「世間に伝わっている養生術は、たくさんあるのですが、どれがほんとうに好いのでしょう。」
 三娘はいった。
「私の授かっているのは、世間の人の知らないものです。世間に伝わっているものは、皆ほんとうの法じゃないのです。ただ、華陀《かだ》の五禽図《ごきんず》は、いくらか虚でない所があります。いったい修練をする者で、血気の流通を欲しない者はないのですが、五禽図の方では、わけてそれをやるのです。もし、厄逆《しゃっくり》の症になると、虎形をするとすぐなおるのです。これがその験《しるし》じゃないでしょうか。」
 十一娘はそっと孟といいあわせて、孟を遠くの方へいくようなふうをさして家を出し、夜になって三娘に強いて酒を飲ました。三娘がもう酔ってしまったところで、孟がそっと入って来た。三娘は醒めていった。
「あなたは私を殺し、もし戒を破らないで、道がなったら、第一天に昇ることができたのです。こんなになったのも運命です。」
 そこで起きて帰っていこうとした。十一娘はほんとの自分の心をいってあやまった。三娘は、
「こうなれば私もほんとのことをいうのです。私は狐です。あなたの美しい姿を見て、あなたをしたって、繭《まゆ》の糸のようにまとっていて、こんなことになったのです。これは情魔の劫《ごう》です。人間の力ではないのです。再びとどまっておると、魔情がまたできます。あなたは福沢が長いから体を大事になさい。」
 といいおわっていってしまった。夫婦は驚歎した。
 翌年になって孟は郷試と会試に及第して、翰林学士となったので、名刺を出して范祭酒に面会を申しこんだ。祭酒は愧《は》じて逢わなかった。それを無理に頼んでやっと逢ってもらった。孟は入っていって婿としての礼を執《と》った。祭酒はひどく怒って、孟を軽薄な男ではないかと疑った。孟は人ばらいを頼んで、精しくその事情を話した。祭酒は信じないで、人をやって十一娘を探さしたが、孟のいったとおりであるからひどく喜んだ。そこでそっと孟を戒めて、だれにもいってはいけない、禍《わざわい》が起るかも解らないからといった。
 二年して彼の縉紳《しんしん》は権門に賄賂《まいない》したことが知れて、父子で遼海《りょうかい》の軍にやられたので、十一娘ははじめて里がえりをした。



底本:「聊斎志異」明徳出版社
   1997(平成9)年4月30日初版発行
底本の親本:「支那文学大観 第十二巻(聊斎志異)」支那文学大観刊行会
   1926(大正15)年3月発行
入力:門田裕志
校正:松永正敏
2007年8月12日作成
2008年10月5日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さ
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