むりだけであった。わたしはハープによりかかって、カピが足の下でからみ回るままに任《まか》せた。ぼんやり往来《おうらい》に立ち止まって目の前にうず巻《ま》いているほこりをながめていた。たって行ったあとのうちを閉《し》めてかぎを家主にわたしてくれることをたのまれた隣家《りんか》の人がそのときわたしに声をかけた。
「おまえさん、そこで一日立っているつもりかね」
「いいえ、もう行きます」
「どこへ行くつもりだ」
「どこへでも、足の向くほうへ」
「おまえさん、ここにいたければ」と、かれはたぶん気のどくに思っているらしく、こう言った。「わたしの所へ置《お》いてあげよう。けれど給金《きゅうきん》ははらえないよ。おまえさんはまだ一人前ではないからなあ。いまにすこしはあげられるようになるかもしれない」
 わたしはかれに感謝《かんしゃ》したが、「いいえ」と答えた。
「そうか。じゃあかってにおし。わたしはただおまえさんのためにと思っただけだ。さようなら。無事《ぶじ》で」
 かれは行ってしまった。馬車は遠くなった。うちは閉《と》ざされた。
 わたしはハープのひもを肩《かた》にかけた。カピはすぐ気がついて立ち上
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