顔を見上げながらたずねた。
「わたしはけさいただいた小さなパンだけで、あれからなにも食べませんでした」
「かわいそうにおまえは今夜も夕食なしにねることになるのだ。しかもどこへねるあてもないのだ」
「じゃあ、あなたはガロフォリのうちにとまるつもりでしたか」
「わたしはおまえをあそこへとめるつもりだった。それであれが冬じゅうおまえを借《か》りきる代わりに、二十フランぐらいは出そうから、それでわしもしばらくやってゆくつもりだった。けれどあの男があんなふうに子どもらをあつかう様子を見ては、おまえをあそこへは置《お》いて行けなかった」
「ああ、あなたはほんとにいい人です」
「まあ、たぶんこの年を取って固《かた》くなった流浪人《るろうにん》の心にも、まだいくらか若《わか》い時代の意気が残《のこ》っているとみえる。この年を取った流浪人はせっかく狡猾《こうかつ》に胸算用《むなざんよう》を立てても、まだ心の底《そこ》に残っている若い血がわき立って、いっさいを引っくり返してしまうのだ……さてどこへ行こうか」とかれはつぶやいた。
 もうだいぶおそくなって、ひどく寒さが加《くわ》わってきた。北風がふいてつらい
前へ 次へ
全326ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
マロ エクトール・アンリ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング