すかぎりヒースやえにしだ[#「えにしだ」に傍点]のほか、ろくにしげるもののない草原で、そのあれ地を行きつくすと、がさがさした砂地《すなじ》の高原で、風にふきたわめられたやせ木立ちが、所どころひょろひょろと、いじけてよじくれたえだをのばしているありさまだった。
 そんなわけで、木らしい木を見ようとすると、丘《おか》を見捨《みす》てて谷間へと下りて行かねばならぬ。その谷川にのぞんだ川べりにはちょっとした牧草《ぼくそう》もあり、空をつくようなかしの木や、ごつごつしたくりの木がしげっていた。
 その谷川の早い瀬《せ》の末《すえ》がロアール川の支流《しりゅう》の一つへ流れこんで行く、その岸の小さな家で、わたしは子どもの時代を送った。
 八つの年まで、わたしはこの家で男の姿《すがた》というものを見なかった。そのくせ、『おっかあ』と呼《よ》んでいた人はやもめではなかった。夫《おっと》というのは石工《いしく》であったが、このへんのたいていの労働者《ろうどうしゃ》と同様パリへ仕事に行っていて、わたしが物心《ものごころ》ついてこのかた、つい一度も帰って来たことはなかった。ただおりふしこの村へ帰って来る仲間《なかま》の者に、便《たよ》りをことづけては来た。
「バルブレンのおっかあ、こっちのもたっしゃだよ。相変《あいか》わらずかせいでいる、よろしく言ってくれと言って、このお金を預《あず》けてよこした。数えてみてください」
 これだけのことであった。おっかあも、それだけの便《たよ》りで満足《まんぞく》していた。ご亭主《ていしゅ》がたっしゃでいる、仕事もある、お金がもうかる――と、それだけ聞いて、満足《まんぞく》していた。
 このご亭主《ていしゅ》のバルブレンがいつまでもパリへ行っているというので、おかみさんと仲《なか》が悪いのだと思ってはならない。こうやって留守《るす》にしているのは、なにも気まずいことがあるためではない。パリに滞在《たいざい》しているのは仕事に引き留《と》められているためで、やがて年を取ればまた村へ帰って来て、たんまりかせいで来たお金で、おかみさんと気楽にくらすつもりであった。
 十一月のある日のこと、もう日のくれに、見知らない一人の男がかきねの前に立ち止まった。そのときわたしは、門口《かどぐち》でそだを折《お》っていた。中にはいろうともしないで、かきねの上からぬっと頭を出
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